Noiseまじりの吐息−ドラマ撮影編−
私たちが卒業オーデションを受けて十年。気が付いたらあっという間に時間が経っていた。
早乙女学園を卒業し、シャイニング事務所に所属した後も、音也と同居していたが、それもお互いの仕事が忙しくなった頃に、それぞれに部屋を借りて別れてしまった。
一ノ瀬トキヤとして再デビューしたばかりの頃は、同じ事務所に所属する新人ということで、一緒の仕事もあったが、今は現場で一緒になることは稀となってしまった。
数か月に一回、事務所ですれ違えば良い方で、同じ事務所のため、新曲時期がずれる関係でテレビ番組で一緒になったのは、かなり前のことだ。
追っかけのファンの方が、まだ実物に会っているだろう。
けれど、この状況は私自身が望んだ状況でもある。逢いたいと思うことこそが自分勝手である。
学園時代の気持ちをいまだに引き摺っている自身に、自嘲しか浮かばない。
(中略)
今更、芸能界の汚濁にまみれ、薄汚れた体で音也の前に立つなんて……。
私は真っ直ぐ自宅に戻り、火照った体を冷やすため、水を浴びていた。
けれど、長時間冷たいシャワーを浴びて、体調を崩すこともできず、物思いを振り切り蛇口を閉める。
冷えた体をタオルで包み、ベットに入ろうとしたところで、携帯の着信に気付いた。
――「一十木音也」
赤いランプが、メールの到着を知らせていた。
しかし、私はメールの内容が怖くて開けられないまま、現実から逃避するようにベットに潜り込んでしまった。
「おはようございます」
あの後、恐る恐る確認した音也からのメールは、相変わらずの内容で、要約すると一緒に撮影を頑張ろうという内容が、長々と書かれていた。
変わらないメールに、無意識に笑ってしまいながら、特に返信するような内容でもなかったので、そのまま放置してしまった。
そして迎えた顔合わせ兼本読みの席に、若干の緊張を覚える。
私は挨拶をしながら入室した会議室を見渡し、自分の席を確認する。主役ということもあり、早めに到着するよう家を出た結果、まだほとんどの出演者は揃っていなかった。
ヒロインを挟んで反対側の音也の席も、まだ空席だった。僅かに空いたその距離に、現在を重ね合わせる。
学生時代の元同室の同業者。それが今の私と音也の関係だ。
順次増えていく出演者に挨拶をしつつ、開始を待つ。音也は前の仕事が押しているのかギリギリの集合だった。
(中略)
替えの下着を取り出そうと起き上がったところに、ノックの音が聞こえた。
「トキヤ、居るよね?」
音也の声に、ギクリ固まる。
「少し話をしよう?」
その声に無視を決め込もうとしたところ、さらに声がかかる。
「ト〜キ〜ヤ!開けてくれないと、このまま声かけ続けるよっ」
ひと際大きくなった声に、慌てて扉に駆け寄る。音也のことだから、本当にやらかしそうで、開けざるおえない。
「あなたはいい歳して何を考えているんですかっ!」
叩き開けた扉にぶつからないように避けた音也が、暢気な顔で立っていた。
「やっと出てきた」
その言葉とともに、訪問販売の営業も真っ青なスピードで、靴を扉の間に挟まれる。そうなってしまうと、無理矢理閉めることが出来なくなる。
「中に入れてくれるよね?」
「明日にしてください」
明日は天気予報が雨の予定で、移動の疲れもあるだろうとオフとなっていた。
「駄目。そんなこと言ったらお前逃げるだろ」
付き合いが長い分、行動パターンが読まれてしまう。
「入るよ」
強引に押しのけられ、部屋の中に侵入を許してしまう。
「あれ?トキヤ?」
鼻を鳴らして、振り返る音也の様子にギクリとする。先ほどの臭いがまだ残っているはずだ。しかも、タイミングが悪く、まだ着替えられていない。
「あなたが急に来るのが悪いんですっ!」
羞恥に顔に熱が集中するのがわかる。
「そうだね、シャワー浴びてきなよ」
音也の優しさが居た堪れない。
けれど、そのままの格好でいるわけにもいかず、着替えを手に取りバスルームへ向かう。
さっと洗い流せばいいだけのはずが、音也が待っていることを考えると、無意識に体を念入りに洗ってしまう。肌に赤みが残るほど擦ってしまい、慌てて手を止める。
本当に私は馬鹿だ。
体をサッと拭き、下着とパジャマを身につける。
扉の向こうには音也がいる。
このまま音也がいなければと、あり得ないことを思いながら、ベットルームへ戻った。
ツインを一人で使わせてもらっているため、使用していないベットの上に、音也は座って待っていた。
(後略)
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