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夢みる夢の...

 私は量産型アンドロイド『HAYATO』のプロトタイプだ。
 けれど、HAYATOが求められるものを持っていなかった私は、不良品の烙印を押されてしまった。
 HAYATO以上の能力を持っているのに、HAYATOに求められる愛玩対象としての魅力に乏しいというだけで、いらないと分別された私はどうすれば良かったのだろうか。
 多くの開発研究者たちから見捨てられた私を、しかし、拾ってくれた人物がいる。
――シャイニング早乙女。
 多才な彼は、一昔前はアイドル。今は芸能事務所の社長および芸能専門学校の学園長。そして、それ以外にも、アンドロイドの研究者など、様々な顔を持っていた。
 現在、一定の能力以上の人工知能を搭載したアンドロイド――いわゆる、ヒューマノイドには市民権が与えられ、自立して生活することが認められている。その制度を利用し、研究施設で不良品の烙印を押された私は、誰に引き留められることなくそこから飛び出し、新たな道を歩き出した。


 シャイニング早乙女が学園長を務める早乙女学園は、芸能界を目指すものたちがデビューを現実のものにするため切磋琢磨する場所だった。
 HAYATOに求められた天真爛漫さ親しみやすさ、純真さはなくとも、芸事――とりわけ、歌唱面と容姿が優れている私にはぴったりの場所であり、アイドルという目標を得た私は、新たな人生を歩み出していた。それは、不良品の烙印を押されていた私にとって、希望に満ちた夢のような日々の訪れだった。
 そして、そこで偶然出会った一十木音也という人物に、これほどまでに振り回されることになるなんて、入学式の時点では、全く予想していなかった。
 早乙女学園の入寮のオリエンテーションで初めて音也に出会い、その、私とは正反対な明るさと人懐こさに、私は一歩退いてしまった。押しの強さというか、ことごとく私とは性格が合わなかった。
 数日一緒に過ごして知った彼の人となりが、さらに私の嫉妬の対象になる。私が求められて成れなかったHAYATOのような彼に、私の普段隠している劣等感が頭をもたげてきたのだ。
 彼を意識するほど、その劣等感は刺激されるため、なるべく関わらないようにしようと思っていた。しかし、そんな私を無視して、積極的に絡んでくる音也に、無視することは叶わず、その存在を良くも悪くも意識する日々を過ごすと、彼が単なる能天気なだけの人物でないとわかってくる。
 そうなると、好奇心か純粋な興味なのか、音也から目が離せなくなる。あとは坂道を転がり落ちるようなものだった。
 人に限りなく近く作られたヒューマノイドである私は、いつの間にか音也に恋をしてしまったのだ。


 今日もSクラスの授業を受け、レコーディングテストで合格を貰った。
 入学した当初は、歌に心がないと教師に注意され、私自身どう表現したらいいのか、心とは何なのか分からず模索していたのだが、音也への恋を自覚した瞬間、霧が晴れたように視界が開け、それ以来順調に学園生活を謳歌していた。
 アンドロイドが恋などと笑われるかもしれないが、現に少数ではあるがアンドロイドと恋愛をする人間も存在する。人に限りなく近づけられたボディと人工知能は、人に限りなく近い感情も生み出してしまう。そうして、双方の合意のもとにハッピーエンドを迎えることもあるが、時にそれがバッドエンドに繋がることもある。特に市民権を得て、人に紛れているアンドロイドは、外見からはそれと判断できない。人に限りなく近いといっても、それは同じということではない。アンドロイドだと知らずに関係を築いていくと、隠しきれない歪みが生じてしまう。
 だから、出会った時にきちんと音也には、私がアンドロイドだと告げるべきだったのだ。だが、私は私のプライドを優先し、音也と個人的な関係を築くつもりはないと、そのことを告げなかった。
 それが、こんなことになると分かっていたのなら。
 私はあの時に選択を誤ってしまった。


「トキヤ、好きです!付き合って下さいっ!!」
 赤い髪の毛の旋毛が視界に入ってくる。
 私は自身がアンドロイドであるため、音也への恋心は胸の奥深くで大切に抱えて、それを本人に告げるつもりなど毛頭なかった。けれど、その相手から告白された私はどうすればいいのだろう。受け入れる覚悟も、断る強さも私にはなかった。
 そうこうしているうちに、理性とは反対の心は躍り、ドキドキと胸が高鳴っていく。恋しい相手からの告白に、動揺しないほど、私は世慣れていなかった。
 きっと私の顔は真っ赤になっているだろう。
 演技には自信があったはずなのに、これでは私の気持ちなど丸わかりではないか。
「トキヤ?」
 あまりにも長い沈黙に耐えかねたのか、音也が顔を上げ、私を覗き込んでくる。本当に音也はこらえ性がない。
その視線から逃げるように顔を俯けるが、きっと耳まで広がった赤みは隠せていない。
 ああ……これでは、音也に私の気持ちを知られてしまう。
「どうしたの?」
「っ!」
 伸ばされた音也の手が触れそうになり、思わず過剰反応をしてしまった。漏れそうになった声を隠すため、咄嗟に右手で口を覆う。
 こんなことでは駄目だと、早く断れと人工知能が指令を出すのに、躯は動かない。
 だって、恋しい相手からその想いを告げられているのだ。心は、突然目の前に現れた、夢見ることさえ諦めていたものに、全力で手を伸ばそうとする。
 少しだけ、夢を見てみたい。
 私の心の中で、感情が理性を覆い尽くしていく。
「トキヤ。その反応…俺、誤解しちゃうよ」
 音也の表情はきっと眉尻が下がり、情けなくなっているだろう。いつも私に課題を手伝って欲しいときなどに聞く声音にそっくりだった。
 いつの間にか目の前にいた音也に抱きしめられ、ふわりと唇に、柔らかいものを押し当てられる。
――キスだ。
 もう私は理性的な考えをすることが出来なかった。機械なのに行動を計算できないことを滑稽と受け取るべきか、それほど人に近いことを誇りに思うべきか。ヒューマノイドとしては後者を誇っていいと思う。けれど、今回は前者の方が正解だったはずだ。
 けれど……。
 恋する相手にそう言う意味でキスをされ、私は真っ赤に染まり、嬉しい気持ちを全身で表してしまっていた。
「へへっ……今日から恋人同士だね」
 私が一言も発しない内に交際が決定してしまう。こういう強引さも音也の魅力の一つで。もう今更私に「貴方など好きではありません」と断れるはずがなかった。


 告白の日から特に変わったこともなく、日常が続いている。しかし、確実に二人きりのときの空気が甘くなった。そして、初めから多かった音也のボディタッチが、ますます増えた。
 私が課題をしているところに近づいて来たと思ったら、背後から抱きしめられたり、隣り合って座っていると、肩がぴったりとくっついている。
 そして、少しでも顔が近づくと、音也の唇の感触がする。
 部屋の中の音也は、所構わず私にキスをした。
 私はそれを上手く躱すことが出来ずに、毎回真っ赤になり、音也から逃げ出していた。
「トーキヤ!」
――チュ!
 また不意打ちのキス。
 鼓動が跳ね上がる。ドキドキと、いつもいつも私の躯は、私自身でも手に負えなくなる。
 これ以上流されてしまわないように、逃げるので精一杯だった。
「貴方は馬鹿ですか!」
 私は毎回毎回真っ赤に顔を染めながら、音也に背を向ける。それに音也が不満を抱いているのは、手に取るようにわかる。けれど、音也の無言の訴えに、私は決して折れてはいけない。
 音也の雄弁な瞳は、それ以上に進みたい。有体に言えば、私を抱きたいと訴えていた。
 キスだけだったら良かった。
 キスだけで、この学園を卒業したら二度と出会うことがないのなら、青春の思い出として、恋人同士のシチュエーションを楽しめたはずだ。
 けれど、音也がその先に進みたいと思っている以上、そんなことが叶う筈がない。いくら私でも、健康的な十代男性が、それで我慢できると思っていない。
 今はまだ、「トキヤが嫌なら我慢する」と言ってくれているが、それもいつまでも続かないだろう。
 それに、その後に続く音也の「トキヤも初めてだもんね」という言葉に、いつも私は現実に戻されてしまう。
 愚かにも、アンドロイドの身で夢を見てしまったツケだ。
 いくら音也が初めてでも、私の躯は抱かれてしまったら分かってしまうだろう。「初めて」にはほど遠いことが。
 『HAYATO』は愛玩用――有体に言えば、セクサロイドとして開発されていた。私は、そのプロトタイプだ。そのため、市場に流通させるため、どれほどの負荷に自我が耐えられるのか。どのような材質で制作すれば、どれだけのプレイに耐えられるのか。様々なテストが行なわれた。
 そうして私の容れ物は、どんなハードなプレイにも耐えうる材質で構成され、どんな好事家に買われても職務を全うできるにようになっている。
 出荷された直後の『HAYATO』ならまだしも、そんな私が「初めて」を装うなんて、どだい無理な話だった。
 確かに、気持ちの上では、人と肌を重ねるのは初めてで。けれど、抱かれたら音也はこう思うだろう。「この反応で初めてなんて信じられない。きっと経験豊富なんだろう」と。
 その後の音也の反応を想像するだけで、絶望が襲ってくる。
 いつも「綺麗」「可愛い」「トキヤは俺の目標だよ」と言ってくれる音也の視線に、軽蔑の感情が浮かんだら?薄汚いものを見るような目で見られたら?
 きれいな音也に、きれいでない私は、相応しくなかった。私は音也の恋人になるべきではなかったのだ。
 そうは言っても、狡くて汚い私は、一度は手に入れた音也を、今更他人に譲れるほど、心広くあれなかった。


 放課後に偶々Aクラスの前を通ると、音也とレンの声が聞こえてきた。なぜAクラスでレンの声がと不思議に思い、耳をそばだててしまったのが悪かった。
 高感度の耳は、小さな声までも拾ってしまう。
「どうしたんだい?イッキ」
「好きな人と両思いになったんだけど、キスより先に進めなくて……」
 ションボリとしている音也の様子が目に浮かぶ。
 と言うか、そんな暢気なことを言っている場合ではない。要は、私と音也の関係を、音也はレンに相談しているのだ。明日からレンとどう顔を合わせればいいのだ!
「キスを許されているなら、ゆっくり相手のペースで進めばいいさ」
「何か、それから先は嫌がっている感じなんだ……キスは嫌がらないのに、結局好きって言ってくれてないし」
「うーん……それって本当に相手もイッキのことが好き、なのかい?」
「好きって言って抱きしめると、真っ赤になって俯いてるんだよ?」
「ぁ〜と……それなら相手も好意を寄せている可能性が高いね。相手が処女なら、単に怖がっているだけじゃない?」
 レンの声色がからかいを含んだものに変わった。
 私が聞いていることを気付かれたのかもしれない。そして多分、聡いレンのことだから、相手が私であると気が付いたのだろう。
「そっか……そうだよね!」
 音也はレンの言葉を受けて、自己完結してしまったようだ。
 どうせ相談するなら、もう少し人の意見も聞きなさいとか、早計すぎますとか、文句は山ほどある。けれど、今ここで出ていくことは、恥ずかしく、得策ではない。
「俺も初めてだし、不安になってもしょうがないよねっ!!俺、もっと頑張ってみるっ」
 ガタガタと椅子が鳴る音がして、音也が立ち上がった。それに気が付いた私は、慌てて音也に見つからないように隣の教室に隠れた。
 二人が去っていく足音に、私は体の力を抜き、その場に座り込む。
 私はどうしたらいいのだろう。音也を愛しているのに、音也の思いに報いることができない。
 私は私の秘密を守るため、ますます音也を警戒しなければいけなくなってしまった。
 彼の好意をはね除ける勇気もない私は、精一杯の警戒で、現状を維持させようと必死になる。
 アンドロイドであることを後悔したことはなかったのに、初めて人として生まれたかったと思ってしまった。



(中略)


「や――んッ」
 偶々当たってしまった胸の尖りに、私の躯が跳ね上がった。
(しまった――)
 こうなってしまうと、私の躯は快感に従順になってしまう。腰に力が入らなくなって、腰の奥がジュクリと疼き始める。
「ここ、気持ちいいんだ」
 音也の瞳に、無邪気な好奇心が浮かぶ。
「や――めっ」
 両方の尖りを指でコリコリと弄られて、静止の声も甘さを帯びる。そんな状況では、音也の手が止まるはずがない。
 体温が上がり、瞳は潤みだす。
 私が身をよじって嫌がっているのに、音也の瞳は爛々と輝きだす。
「トキヤ、ちょーかわいい」
「――ッ!」
 指で尖りを抓られて、私は背を反らして目を見開いた。
 下着の中がジンワリと湿っていく。
 所詮ヒューマノイドだ。それは白濁していても、精子を含むものもでなく、性交のスパイス的なものだ。だから、人のそれとは異なる。
「イッちゃった?」
 そういって、デリカシーの欠片もない音也の手が、パジャマのズボンのウエスト部分にかかった。静止する間もなく、音也がズボンと下着を取り去ってしまう。
「や!」
 凝視する視線に、私は恥ずかしくて両手で股間を隠した。
 そりゃ、それ用に作られた私のボディは完璧だ。けれどそれとこれとは別だ。恥じらいは捨てられない。
「だーめ。見せて?」
 それなのに、音也は手を退かすように求めてくる。
 けれど私は目をつぶって首を振る。自分からそこを音也に見せつけるなんて出来ない。
「もう」
 しょうがないなというニュアンスの音也の呟きに、私は安直にも許されたと思ってしまった。
「御開帳〜〜」
「――――!!」
 音也は私の両脚を折り曲げて、M字に押し広げてしまう。
 そこに音也を受け入れることは、知識として知っている。そこが、受け入れるように設計されていることも分っている。けれど、常は秘められた、人に見せるところでないそこを好きな人の目に晒されて、私の羞恥のバロメーターは一気に振り切れてしまう。
「おと…やっ!」
 情けないことに、私は羞恥で涙目になっていた。
「かわいいよ。だいじょーぶ」
 音也が言っていることが理解できない。
「―――ん!」
 驚いたことに、音也はいきなり後孔を舐めてきた。
「――?あんまり味がしないね」
 先ほど吐き出した白濁が、そこまで濡らしていた。それは、人のそれと異なり匂いも味もしないはずだ。確かオーナー好みの匂いや味をつけるオプションが用意されている。
「ば――か、です―――ヒッ」
 中ににゅるりとした舌が入ってきた。
「や!待って!!待ってくださいっ」
 私の泣き言は音也に通じない。
 抵抗なく受け入れる後孔を、どんどん奥まで犯されてしまう。
 ぬるりとした舌が出入りするたびに、腰から力が抜けていく。
 私は嬌声が漏れてしまいそうなはしたない口を塞ぐため、前を隠していたはずの両手で、口を覆った。
 恥ずかしい音が尻から響く。その音を聞きたくなくて耳を塞ぎたくても、両手を口から外すことも出来なくて。私は恥ずかしくて恥ずかしくて、情けなくもみっともなく泣いていた。
 『HAYATO』のプロトタイプとして実験を行ったときには、こんなに恥ずかしくなかった。性器を模倣した器具を入れられ、それによる反応をデータに取られて。色んなサイズや形のものがあった。物足りないと感じるサイズのものだったり、大きくて痛くて痛くて耐えられないものもあった。でも、こんな羞恥を感じたりはしなかった。
 音也と研究者の視線の何が違うのだろう。
「もういいですからぁ……」
 私は羞恥に耐えられなくて、音也に挿入を強請っていた。
 このまま後孔を弄られて視姦されるなんて、頭がおかしくなりそうだった。
「ダメだよ。初めてなんだからちゃんとほぐさないと」
 音也の言葉に、私は嫌々と首を振る。
「大丈夫ですから!」
 あまりにも私が必死に頼んだからか、音也はようやく後孔から顔を離してくれた。そうして正常位で音也のものが入ってくる。
 分っていたことだった。音也のものは、そのベビーフェイスに似合わず大きかったが、挿入に痛みはない。
 スムーズに音也のものを受け入れて、きゅっと音也の首に両腕を回す。
「大丈夫?痛くない?」
 心配そうな音也の声に頷く。
「は――……」
 ぎこちない腰の動きから、私の後孔は快感を拾い、性感を高めていく。
「ちょう気持ちいい」
 無意識に零れたのだろう。音也の呟きに私は嬉しくて後孔をキュッと締めた。
「あ―――……」
 その瞬間、中に温かいものが広がる。音也が私の中で達したのだ。
 じんわりと広がっていく温かさに、私の躯も悦んだ。内壁が痙攣して、音也のものを搾り取るように蠢く。
「はあはあはあ……」
 耳元でする荒い息遣いが愛しくなる。
「もう、お前本当にかわいすぎ!」
 そう言った音也に、ベッドに上体を乗せられた私は、背後から再び音也に挑まれてしまう。
「あん――」
 セクサロイドの私が、それを受け入れないはずがない。初めてのセックスに興奮した音也が満足するまで、その日私は音也を受け入れた。



*  *  *


 また音也が泣いている。
 同じベッドの上で、寝ているはずの音也の眦から涙が流れる。
「トキヤ、ごめん…ごめん」
 何を音也は謝っているのか。
「ごめん……ね」
 音也の寝言に私は混乱する。
 音也が何を考えているのか、私にはわからない。
 私がヒトではないから、わからないのか。単に私の経験不足なのか。
「なぜ貴方が謝るのですか……」
 暗い室内に、私の言葉が虚しく響いた。

(後略)

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