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memories

(前略)

 トキヤと音也が出会ったのは、入寮前のオリエンテーションのときだった。その際にトキヤが持った、音也への第一印象は最悪で、今の音也との関係など、想像すら出来ない。
 その距離が、あり得ないくらい近くなったのは、HAYATOとしてトキヤが早乙女学園を訪れたすぐ後だった。
 衝撃的な事件で、いまだにトキヤはそのことを憶えている。
 あれはトキヤがHAYATOの仕事が終わり、疲れた体を引き摺って寮へと戻ったときのことだった。これでやっと休めると寮の部屋へ足を踏み入れて、コートを脱ごうとベッドへ近づいたとき。
 何となく視線をやった音也の姿に、トキヤは固まった。
 トキヤは、音也はいつも通り課題もせずに漫画を読むか、ゲームをしているものだと思っていたのだ。けれど現実は想像と全くかけ離れていた。
 なんと、音也は自慰をしていたのだ。そのときの音也が何を見て興奮していたのかは、トキヤはよく憶えていない。グラビアだったような気がする程度だ。
 大体その時のトキヤは、そういう知識が少なすぎて音也が何をしているのか、いまいち理解出来なかった。音也が下半身を晒している。それだけがまともにトキヤが理解出来たことだった。
 今から思い返すと、トキヤは自分の知識と経験不足を痛感する。小中学校と芸能活動をしていたため、まともに学校で保健の授業を受けたこともなく、同年代の同性とそう言った話題に興じることもなかった。だから、自慰という言葉は知っていても、実体験がなかった。生理的な反応としての夢精や朝立ちはあっても、自分で興奮して射精するなんて、したことも考えたこともなかったのだ。
 そうは言っても、同室者が下半身を露出している状況に、とにかくいたたまれなくて、トキヤは慌てて音也に背を向けて、部屋から出ようとした。けれど、それを音也が、なぜか、わざわざ呼び止めた。
「待って!」
 そんな事を言われても、猥談すらしたことのなかったトキヤに、他人の自慰行為に居合わせて、どんな顔をすればいいのかなんて分からない。だから、必死で逃げようとした。けれど馬鹿力の音也に腕を掴まれて、逃げることは敵わなかった。
 音也の手が自分の腕に掛かっている。その手で先ほどまで音也がしていたことを想像して、トキヤは顔を赤らめた。そうして、思わずその手を振り払う。
「離しなさいっ!」
「わっ!」
 しかし、トキヤの腕の振りに驚いた音也が、トキヤの腕ごと自分に引き寄せてしまった。
「っ!」
 その拍子に二人して音也のベッドに倒れ込んでしまう。
 咄嗟にトキヤを庇った音也を下敷きにして、二人はベッドの上に転がっていた。
「……なっ」
 咄嗟に音也に庇われたトキヤは、音也に抱きしめられた状態に動揺する。
 そんなトキヤを見た音也が、口を開く。
「たかがオナニー現場に居合わせたくらいで、トキヤってば慌てすぎ」
 おかしそうに笑う音也に、トキヤの頭に血が上った。
「……!破廉恥な……ッ」
 性事情など内に秘めて、他人に明け透けに話すものではない。そう思っているトキヤにとって、音也の言葉は信じられないものだった。
 けれど、大所帯で育った音也にとって、その程度のこと、別に珍しいことでもなかったらしく。
「へ……?」
 音也はそこでなぜ「破廉恥」などと言われるのか理解出来ないようだった。
「意味がわかんないだけど……男同士なんだし、このくらい普通だろ」
 音也はいたって普通だった。そう、普通過ぎて。トキヤにとって普通のわけがないのに。
「普通じゃありません!!」
 だからトキヤは音也の言葉に即答した。
「え〜〜」
 それに不満の声を音也が上げる。
「オナニー現場に居合わせたくらいで……」
 音也はトキヤの潔癖さに呆れたようだった。
「男同士だし、同室なら抜きっこくらいするじゃん」
「しません!そんな破廉恥なことっ」
 トキヤは真っ赤になって音也の言い分を否定する。 
「いやいや、トキヤがおかしいって!こうやって――」
 そう言いながら、音也は無造作にトキヤの下半身を触った。当たり前だが、その音也の行動にトキヤは心底驚いた。
「ヒッ……!」
 音也に急所を掴まれたトキヤは、悲鳴を上げてしまう。
 なのに、音也はそのまま気負いなく、トキヤの性器を服越しに刺激し始た。
「人にやってもらったら気持ちいいじゃん」
「ひ――ゃあ……」
 他人にそんな事をされたことがなかったトキヤは、音也を下敷きにした状態で、パニックを起こしてしまった。そうなると、トキヤは抵抗さえ思いつかない。
 服の上からと言えども、先端をグリグリと刺激され、経験値の低いトキヤは、快感に流されてしまう。
 自慰さえまともにしたことのなかったトキヤは、自分でさえ知らなかったが、快感に弱い質だった。だからトキヤは音也の上でクタリと身体の力を抜いて、いやいやと頭を振りながら、音也の愛撫を甘受してしまう。
「はぁ――ん……だめ、だめ、です。――やめ!」
「なんで?気持ちよさそうじゃん。このままイッちゃいなよ」
 音也はそう言って、トキヤのズボンのベルトを外して、下着の中へ手を潜り込ませてきた。
「――!」
 トキヤは初めて感じる他人の体温と、与えられる快感に、抵抗を忘れて流されていく。唯一の抵抗は、現実から目を反らすようにギュッと目を瞑って、目尻に生理的な涙を溜めることだった。
 そのトキヤの様子に、調子に乗った音也が愛撫の手を強めた。先端の尿道付近を強く捏ねながら、時折袋を掌の中で転がす。
「ひゃ……」
 その度にトキヤは音也の耳元で、息を飲み声を漏らした。
 音也の掌が、トキヤの先走りでべたべたに汚れた頃、ようやく音也からの愛撫が止まる。しかし、これで終わりだとトキヤが油断した瞬間、音也が鈴口に爪を立てて引っ掻いてきた。
「―――ッ!」
 あまりの刺激に、その瞬間トキヤは絶頂に達してしまっていた。


 今まで経験のない射精に、グッタリと体から力の抜けいているトキヤは、音也に手を取られて、何かを握らされた。
「……?」
 柔らかいような硬いようなそれが何か分からないトキヤは、面に疑問を浮かべる。
「ちょっと右手を貸して?」
 そう言った音也が、トキヤの手の上から自分の手を重ねてきて、自慰を始めた。
 ぼうっとした頭で現状をなかなか理解出来ない中、ようやくそれが音也のものだと気が付いたトキヤは、絶句してしまう。
「な……っ!」
 慌ててトキヤが音也を見ると、音也の顔は興奮で上気していた。
「は……ぁっ」
 トキヤがあまりの事に、何を言っていいのかも分からず、口をただ開閉しているだけの間に、手の中の音也のものはどんどん硬くなっていく。
「ん……っ!は――ぁっ」
 そうして掌に広がった生温かい感触に、トキヤの頭は真っ白になった。
 他人の精液を触る機会など、生まれてこのかた一度もなかった。自身のものと何ら変わりないはずのそれに、けれど呆然としてしまう。
「気持ちよかったぁ……」
 そんな中、聞こえてきた恥も外聞もない言葉に、トキヤの思考は停止した。現実逃避するしかない。忘れよう。それがトキヤの結論だった。
 もう寝るしかない。そう思ったトキヤは、極力何も考えないようにして、音也の体の上から起き上がる。
 しかし音也の裸の下半身が視界に入ってしまい、トキヤはまたまた衝撃を受けてしまった。
 それはトキヤのものとはあまりに異なった形状をしていた。その驚きで冷静な判断ができずに、咄嗟に浮かんだことを、口走ってしまう。
「なんなんですか……それ」
音也のものは亀頭がむき出しになり、色も若干黒ずんでいた。
「貴方のそれはおかしいです。病院に行った方がいいですよ」
 トキヤのものは、皮から先端が僅かに覗くだけの、ピンク色のものだ。それと音也のものは明らかに異なる。父親と風呂に入った経験も憶えていないくらい幼少時の数回だけのトキヤにとって、音也のものは自分の見慣れたそれと全くの別物に映った。
「は?」
 トキヤは親切心で言ったのに、なぜかトキヤの言葉の意味が分からないというように、音也が声を上げた。
「ええ…と……トキヤ?意味が分からないんだけど……」
 そこで音也に戸惑われる理由こそが、トキヤには不明だった。
「だって、貴方のものは皮が剥けてしまって、色もおかしいです」
 再三になるが、その当時のトキヤは、そういった方面にかなり疎かった。だからトキヤはしごく真面目に、そう発言したのだ。
「あのー……トキヤ?」
 しかし音也はそのトキヤの発言に戸惑いを見せた。そうして迷うように口を開く。ただ、熟考するような性格でない音也が迷ったのは一瞬で。ずばりと言った。
「色は人によるけど、皮は大人は剥けてるもんだよ!」
「―――は?」
 その音也の言葉にトキヤは絶句した。
「そんなはずはありません」
 音也の言葉が信じられないトキヤは、緩く首を振りながら否定した。だってそれを認めたら、自分が音也に遅れをとっていることになる。そんな事、認めるわけにはいかないことだった。
「いやいやいや……レンとかに聞いてみなよ」
 それなのに、音也が言葉を重ねてくる。
「私を担ごうとしたって無駄ですよ」
 音也を真っ向から否定しながら、レンの名前を出されて、トキヤも心の中で少し不安になった。
「本当だって!」
 そう断言した音也が、なぜか携帯を手にした。
「ほら!」
 そうして差し出されたのは、包茎に関する説明が載っているページだった。
「……」
 その画面を凝視したトキヤは、絶句する。
 そこにはトキヤにとって信じられない情報が載っていた。けれどそれが真実だとすると……。
 トキヤは無意識に自分のものへ視線を落とした。それはズボンの下に隠れて今は見えないが、毎日見ているものがどんな形をしているのか、忘れるはずもない。
「まぁトキヤは仮性っぽいし、ちゃんとすれば剥けるよ」
 先ほど見てしまった音也のものと、インターネットに書かれた文章がトキヤの頭を巡った。そうして、音也が漏らした言葉に、トキヤは反応する。
 「ちゃんとすれば」と言うのは、具体的にどうするのか。それをすれば、幼いままの自分のものも、大人の状態になるのか。しかしトキヤには何をすればいいのか分からない。
「あんま気にしない気にしない!俺が剥くの手伝ってあげるしさ!」
 その時のトキヤには、その音也の言葉が天助のように思えた。完璧なアイドルを目指すトキヤにとって、自身のそれが幼いままなことは、ゆゆしき問題に思えたのだ。
 藁にでも縋る気持ちでトキヤは音也を見た。
「本当ですか?」
 不安を滲ませて尋ねるトキヤに、音也が大きく頷く。
「もちろん!俺に任せてっ!!」
 そうしてトキヤと音也の寮の部屋の中だけの、秘密の関係が始まった。
 今振り返ると、当時の自分は世間知らず過ぎたと、トキヤは思う。けれどこのときは心底音也だけを頼りに思ってしまったのだ。


(中略)


 後孔へ音也に指を挿入されてしまった日から、トキヤは早く仕事が終わった日も、わざと遅い時間に帰宅していた。
 あの行為はいけない。そう思っても、また同じことをされたら抗える自信のないトキヤは、音也と会わずにすむ道を選択した。
 そうしてすれ違いの生活を送る中、ある日トキヤが寮へ戻ると、部屋には人の気配がなかった。
 普段日中はあちこち出歩く音也も、夜には部屋へ戻ってきていた。それなのに、今日はその音也がいない。そのことに動揺してトキヤが室内を見回すと、ダイニングテーブルにメモが置かれていた。
 そこには音也が泊まり込みのバイトで数日留守にすることが書かれていた。
 それを見たトキヤは、思わず落胆してしまう。会いたくなくて自分から避けていた音也が、いないと分かると途端に寂しさが湧いてくる。わざと避けていても、部屋に帰れば音也の存在があった。そのことにトキヤはどこか安心してしまっていたのだ。
「音也」
 誰もいない部屋に、ポツリとトキヤの声が響く。
 寂しさを含んだ声に、発したトキヤ自身が驚いてしまう。
 だからトキヤは、それを振り切るように、その日からさらに仕事と練習に没頭した。
 けれど、寮へ戻ってきて無人の部屋に入ると、孤独を強く感じて。HAYATOの仕事のために借りているマンションで寝泊まりすることも考えてみたけれど、僅かな時間を惜しんででも自主練習をしたい今、早乙女学園の設備はトキヤにとってとても魅力的で、トキヤは結局寮に戻るしかなかった。


 音也がいつ帰るのか、正確な日付が今ひとつ分からないまま時間が過ぎていく。
 ここ最近、休みなく働いていたトキヤには珍しく、明日は丸一日のオフだった。
 トキヤは寮の受付で宅配便を受け取って、部屋へ戻る。そうして、鍵をしっかりと締めたことを確認して、ドキドキと胸を鳴らしながら、それを開けた。
 出てきたものを恐る恐る手に取る。
 いかがわしい代物であるはずのそれは、ツルリと光って、案外何かの健康器具のようだった。
 もう二週間近く、音也との時間がなくなっていた。
 いけないとわかっている。けれど、それでも。それまで頻繁にしていたことのせいで、トキヤはついに我慢ができなくなってしまったのだ。
 その上、たった一回の快感が強烈すぎて、忘れられなくて。
 今日もどうせ寮では一人だ。明日はオフだからと自分に言い訳をして、トキヤは「エネマグラ」――前立腺マッサージ器具のパッケージに書かれた説明に、目を走らせた。
 そうして服を脱いで、ベッドに横たわる。後孔を解すために、そっと孔に自分の指を含ませた。
「ん……」
 案外簡単に指が収まってしまう。まるで飢えていたように、自分で自分の指を締め付けてしまい、トキヤは動揺した。
 少し指を動かして見ると、キュウっと中が締まりながら、指を受け入れる。
 これならすぐにいけるかも知れない。そう思ったトキヤは、自分の指とエネマグラのサイズを見比べて、ゴクリと喉を鳴らした。
 一緒に買った潤滑剤をトロリとそれに掛けて、後孔へ押し当てる。
 トキヤの後孔は吸い込むようにそれを飲み込んでしまった。
「あ……ぁ」
 トキヤはエネマグラにかなり期待していた。しかし、前回音也の指を入れられたときのような快感は訪れない。すぐに効果が現れるものではないと頭では理解していても、僅かばかりの失望を胸に、トキヤは尻に含んだものを意識しながら、ベッドに横たわった。
 ボンヤリと音也との最後の行為を考える。尻の孔に音也の指を挿れられて。中を刺激されると、腰の奥から力が抜けるような快感が走った。
 そうして訪れた快感は、性器を刺激される快感の比ではない。あれをもう一度味わってみたい。それが、こんな普段のトキヤでは考えられない行動の、原動力だった。
 そうやってあの日の夜のことを考えていると、後孔の異物感に、それを締め付けたり力を抜いたりしてしまう。
 そんなことをしばらくしていると、次第に快感の波がやってくる。
「や――ぁん」
 息が荒くなり、喘ぎが漏れそうになって、トキヤは右手の背を反射的に口に当てた。
 誰もいない室内で、気にする必要はない。そうは思っても、それでも羞恥が勝って、トキヤは大胆になれない。
「んん――…はぁ」
 全身が快感に包まれるような感覚で、トキヤは見慣れた天井を見つめる。
「…ぉと…ぁ」
 無意識に、それは出ていた。ここには居ないルームメイトを、トキヤは呼ぶ。
 そう。誰もいないはずだった。それなのに、居てはいけない人物の返事が返ってきた。
「何?」
 その声に、トキヤの時間が止まった。
「――ヒッ」
 トキヤはお化けに出会ったような驚きで、音也の登場を迎えた。
 慌てて布団を引き寄せて、裸身を隠す。
「あ……な……」
 トキヤは口を開くも、まともに言葉にならない。
「俺の居ない間に、いいことしちゃって――」
 そう言う音也の表情は、なぜかにやけていた。
「アナニーに目覚めちゃった?」
 デリカシーも欠片もない音也の言葉に、トキヤは真っ赤になって言葉に詰まる。
 トキヤの頭の中は、「音也に見られた」それだけで一杯だった。
「一人でいいことしてないでよ〜。言ってくれたら、俺がやってあげるって!」
 そう言って、音也が勢いよく布団を剥いでいく。
「音也っ!」
 それに抗議の声を上げたトキヤは、全裸の自分に慌てて縮こまる。
「いーからいーから!」
 トキヤは羞恥と情けなさで死にそうなのに。なのに、音也はトキヤの反応にお構いなしに、強引にことを進めていく。無理矢理体を割り込ませ、トキヤの背後から抱きしめてきたと思ったら、いきなり胸を触られた。
「なに……ッ」
 音也に恥ずかしい姿を見られて、泣きたいくらいのトキヤは、音也が何を始めたのか分からない。
 音也の手で腰や脇、胸などをサワサワと触られていると、また後孔からジンワリとした快感が広がってきた。
「あ……ッン」
「胸とお尻で気持ちよくなれるとか、トキヤって才能あるよ」
「ん――あ」
 腰の奥から全身が痺れるようになり、胸が引き絞られるような気持ちになってくる。
「いや……おとや!おとやぁ……」
「大丈夫、大丈夫」
 感じたことのない快感の波に、トキヤは音也を呼ぶ。それに音也の返事が返ってきて、異物の収まった腹を摩られて、トキヤは安堵を感じてしまった。
「や……っイッちゃぅ」
 トキヤは目尻に涙を浮かべて、髪を振り乱した。それを背後から音也がしっかりと抱きしめてくれる。
「ヒッ!や―――ッ」
 あっと言う間に、トキヤは絶頂に達してしまう。
 しどけなく脚を投げ出して、トキヤは全身を震わせた。
 尻の孔がヒクヒクと痙攣して、白濁を零すことのなかった陰茎が、トキヤの薄い腹の上で震えている。日焼け知らずの肌は、体温で上気している。
 トキヤは、飲み込みきれなかった唾液を口の端から零しながら、音也に背中を預けて呆然としていた。
 そんな情けない姿を見た音也は、なぜか「可愛い」と言いながら、トキヤを抱きしめた。


 荒い息を吐くトキヤは、一端去った波に、安堵の息を吐いた。それくらい先ほどの快感は激しかった。そうして我に返ったはずなのに、いまだに後孔に収まった異物が、後孔の収縮によって動き出してしまう。
「え……」
 驚いたトキヤは、Tシャツから覗く日焼けした音也の腕に縋り付いた。
「やッ!」
 その様子に、音也も気が付く。
「無理!無理ですッ――ッや!」
 トキヤが腰を引いてもどうなるものでもない。
「とって!音也ッとってください!」
 トキヤが髪を振り乱して頼んでいるのに、音也は行動してくれない。それどころか、なぜかトキヤをベッドに横にし、その脚を開かせた。
「前は俺がやってあげる」
 ベッドをギシリと鳴らしながら、音也がその身をトキヤの脚の間に収めてくる。
「あ……なに、を」
 嫌な予感がしても、快感のせいで力の入らない体では抵抗できない。
 トキヤが音也を凝視する中、先ほどから白濁を吐き出すことなく起ち上がったままのトキヤのものが、音也の口の中へ含まれてしまった。
「いや―――!」
 許容量を超えている快感に、トキヤは絶叫した。
 ちょっと鈴口を舌でつつかれただけで、トロリと先走りが溢れてくる。
「やめ……っおとやぁ」
 トキヤはみっともないと分かっていても、涙を溢していた。
「……ック」
 慌てて両手で顔を隠す。
「―――ヒッ…グ……」
 なのに音也は止めてくれない。挙げ句に「泣いてるトキヤ、無茶苦茶可愛い」なんて訳の分からない事を呟いている。
 先端を音也の口に含まれて、竿の部分を両手で握られて、トキヤは内と外からの刺激に、どんどん高められてしまう。そうしてトキヤは泣きながら達していた。


 いまだにしくしくと泣くトキヤの背後から、音也の困ったような溜息が聞こえてきた。それにトキヤは肩を震わせる。
 トキヤは音也に背を向けて、体を丸めて溢れる涙をただ流していた。
 先ほどまでトキヤの中に収まっていたものは、音也によって抜かれて、ベッドに放り出されている。
「ごめんって」
 裸の肩を音也の手が掴んだ瞬間、トキヤは過剰に反応してしまった。
 きっと音也の行動に深い意味はない。ルームメイトをからかってみた。そんなところだろう。私とのことは単なる悪ふざけ。そう思ってトキヤは胸を痛めた。
 けれど、そこでトキヤはハタと気が付く。なぜそれで胸を痛めなければならない。単なるルームメイトが行きすぎた悪ふざけをしただけなら、こっぴどく怒って許すなり絶縁するなりなんなりすればいいだけだ。胸を痛める理由にはならない。
 そこでトキヤはようやく、自分の気持ちを認めるしかない状況になってしまった。
 自分が音也に好意をよせていて、だから胸が痛むのだと。
 そうして、先日の音也の歌を思い出す。恋に気が付いた途端の失恋に、トキヤは自分が滑稽になる。
 音也は誰かに恋をしている。それは明白な事実で。その相手が自分である可能性など、トキヤは考えもしなかった。
 自分の中の気持ちに蓋をして、トキヤは気力で一世一代の芝居を打った。
 ベッドから体を起こし、音也と向き直る。
「すみません。あまりのことに、取り乱してしまいました」
 そこにはまさしく、普段通りの一ノ瀬トキヤが存在しているはずだ。
「いや、俺もいきなりだったし……」
 音也が何に戸惑っているか分からない。けれどそれを見ない振りで、トキヤは会話を続ける。
「もう止めましょう」
「え……」
 物わかりの悪い音也に、トキヤは苛つきながら再度言葉を重ねる。
「私のも、少し大人になりましたし、これなら一人で何とかできそうです。だから、こんな不毛こと、いい加減止めましょう」
 トキヤのものは、割と先端が覗くようになっていた。どうやればいいのかも、大体分かった。だから、止めても困ることはない。
「何で!?」
 それなのに、なぜか音也がトキヤの主張に驚いた。
「まさか他に誰か、そういうことしてくれる奴ができたの!」
「は?」
 トキヤは音也の言葉に、目が点になった。
 なぜ他人にそんな事を、わざわざしてもらわなければいけないのか。
「駄目!絶対に駄目だからね!!」
 音也はトキヤの両肩に手を置き、真剣に見つめてきた。
 その強い視線に、トキヤは目を反らす。
「そんなわけ、ないでしょう」
 トキヤは呆れて溜息を吐く。
「私と貴方は単なるルームメイトです。それ以上でもそれ以下でもないのに、こんなことを続けるなんて、おかしいでしょう」
 トキヤがそう言った途端、強い力で音也に肩を押されて、ベッドに倒れ込んでしまう。
「うわッ!―――危ないでしょう!」
 その暴挙にトキヤが音也を睨むと、そこには今まで見たことのないくらい真剣な表情の音也がいた。
「じゃあ、単なるルームメイトでなくなれば、いいんだよね?」
 そうして、音也に両脚を抱え込まれてしまう。
「何を――ッ」
 そう言い終わる間もなく、音也のものがトキヤの後孔へ押しつけられた。
「な…―――ッ!!」
 先ほどの潤滑剤が残っていると言っても、音也のものを受け入れるほど開いていないそこに、大きなものをねじ込まれる苦痛に、トキヤは歯を食いしばった。
 切れるような痛みとともに、押し込まれたそれに、トキヤはシーツを握り締める。
「これでトキヤは俺のものだ」
 そんなことを言う音也の意図が、トキヤには理解出来ない。どう考えても、それは暴力だった。
「ヒッ」
 そのまま腰を動かす音也に、トキヤはあまりの痛みに意識を失い掛けながら耐えた。
「絶対に誰にもやらないんだから」
 その言葉はトキヤにとって、おもちゃをとられたくない子どもの駄々にしか聞こえなかった。
 トキヤは「止めて」と「痛い」の二言を繰り返しながら、ただ音也に揺すられ、いつの間にか意識を失っていた。


 翌朝意識が目覚めたトキヤは、後孔の痛みに動けなかった。それでもシャワーを浴びたいと思い、ゆっくりとベッドから起ち上がる。そうして見えた床に、なぜか音也が土下座していた。
「ごめんなさい!」
 それはいったいどういう意味の謝罪なのか。今さら音也に掛ける言葉もないトキヤは、黙ってその横を通り過ぎようとした。
「好きなんだッ!」
 聞こえてきた言葉に、トキヤは思わず足を止めてしまった。そうして振り向いたら、音也が真剣な顔で縋るようにトキヤを見ていた。
「トキヤが好きなんだ!」
「え……」
 音也の言葉に、トキヤは思わず声を漏らしていた。
「トキヤが好きで。だから、馬鹿みたいに嫉妬した」
 トキヤの胸の鼓動が早鐘を打ち始める。
「最近避けられてて、嫌われたんじゃないかとか、誰か好きな人ができたんじゃないかとか。悶々としているところに、もう止めるって言うから――。『好きだから』で許されると思ってない。でも、でも!」
「本当、ですか?」
 トキヤの声は擦れていた。それを聞き取れなかったのか、音也が「え?」と言った。
「私が好きだと、恋愛感情で好きだと、本当ですか?」
 トキヤは段々と自分の顔が赤くなっていくのが分かった。鼓動もどんどん早くなる。
「ぁ……好き!好き!!トキヤが好き!」
 繰り返される「好き」と言う言葉に、トキヤは張り詰めた心が弛むのを感じた。それと一緒に、立っているのが辛い体の力が抜ける。
「わ!……だッ大丈夫?」
 それに慌てたのは音也だ。立ち上がり、トキヤの所へ駆け寄ってきて、トキヤは音也に抱きしめられた。
「大丈夫です」
 そう応えながら、トキヤは真っ赤な顔を上げられずに、音也の肩に顔を埋めた。
「トッ…トッキヤ!?」
 落ち着きのない音也の様子に、喉の奥で笑ってから、トキヤは「私も好きです」と音也に返した。
「え……えぇ―――!」
 耳元の大声にトキヤは顔を顰める。
「本当!?嘘じゃないよね?」
 騒々しい音也の様子に、「こんなことで嘘なんかつきますか」と呆れたように返す。
「もうっ、本当に大好きッ!!」
 そう言って抱きしめられたら、トキヤだって満更でもない。
「私もです」
 そう言って音也を抱きしめ返す。
 音也に頬へチュッとキスされて。
「やっぱり止めたってのは、受け付けないからね!」という言葉に、照れ隠しにそっぽを向いて、「馬鹿ですか」と溜息を吐いた。
 もうこの時点で音也の勢いに流される未来が透けて見えるような、二人の関係はそんな始まりだった。


(中略)



「いらっしゃ〜い」
 いつも明るいノリの嶺二に迎えられ、トキヤは「これからよろしくお願いいたします」と頭を下げた。
「ノンノン!これから同室なんだし、もっとフランクに行こうよぉ〜〜」
「いえ、一応先輩ですし」
 そう言ってトキヤは室内に足を踏み入れる。
「もう!」
 何かぷんぷんと怒っている先輩をさらっと無視して、トキヤは運び込まれている荷物を見た。
「あ、トキヤのクローゼットはここで、ベッドはこれ。そんで机と棚はこれね!」
 空き状況を見れば一目瞭然な様子を、音也がわざわざ説明する。
「ありがとうございます」
 それが音也の好意だという自覚はあるので、トキヤは礼を言った。
 さっさと片付けてしまおうと、箱を開けてどんどん移し替えていく。
 何度か経験した引っ越しで作業もお手の物だ。
「俺はこれを片付けておくね」
 そう言って音也が持っていく箱を横目に、トキヤはお願いしますと頼んだ。先ほど一悶着あった食器類だった。
「おっとや〜ん!ぼくちんも手伝うよ」
「本当?サンキューれいちゃん」
 そう言って二人が和気藹々としている間に、トキヤも片付けが終わった。
「音也、寿さん、終わったのですか?」
「うん!」
 振り返った音也がいきなり飛びかかってきて、トキヤは驚いてよろめいた。
「うわっ!――音也っ何を……っ!!」
「今日ってこの後オフだよね?」
 音也がトキヤの首にぶら下がるように上目遣いで見上げてくる。それにトキヤは怯みながら答える。
「……そうですが、今後の曲の――」
「やったー!んじゃ、ちょっと一緒に出かけようよ!!」
 即断即決即実行の音也だ。トキヤの返事を聞いた途端、その手を引いて玄関へ向かった。
「ちょっとおとやん!」
「れいちゃん、留守番よろしくー!」
 嶺二の制止もどこ吹く風。音也はとっととトキヤを外へ連れ出した。


(中略)


 トキヤが辛うじて持っていたティッシュとハンカチで後片付けをして、事後すぐには動けないトキヤを音也が抱きしめて、二人は夕暮れ前の空を眺めていた。
「マスターコースかぁ……」
「毎年合格できない者もいると聞きます。私も頑張りますから、貴方も頑張るんですよ」
 トキヤの言葉に音也が笑って頷いた。
「今回はれいちゃんも一緒だけど、またトキヤと一緒に歌えるんだよねぇ……」
 「楽しみだ」と呟く音也に、トキヤが「不安しか感じません」と愚痴を零した。
「れいちゃん、今回のマスターコースの教官の役目のために仕事を調整したんだって。れいちゃんのいない隙ってあるかな」
 そう呟く音也の意図を考えて、トキヤは溜息を吐いた。
「音也、これは私達の今後にも係わる重要な期間なんですよ」
「そーは言っても、お前だって我慢出来ないだろ」
「――ッ出来ます!」
「本当?」
 トキヤの主張に音也が疑心を向ける。
「ええ」
 音也は言い切ったトキヤをソファーの中に囲い込んで、真剣な目で脅すように言った。
「浮気なんかしたら、お前も相手も酷いよ?」
「浮気なんて、するわけないでしょう!」
 私を信じられないのですか。そう言う思いを込めて、トキヤは音也を見上げた。
「信じるよ……――でも、俺が我慢出来ないから、れいちゃんの目を盗んで、偶にはいいことしよーね!」
 シリアスな表情は五秒も続かない。そんな音也がにぱっと笑って、トキヤに言った。
「寿さんがいるときは嫌ですよ」
「分かってるってー!」


(後略)

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