HipHipHip!
一ノ瀬トキヤと一十木音也がアイドルグループST☆RISHとしてデビューして十年近くが経った。トキヤが音也と出会った年にデビューしたため、同じだけ音也と一緒に居ることになる。
初めは六人で歌えるのがただ楽しくて夢中だった。途中でセシルが加入して七人になって、ST☆RISHは順調にアイドルスターへの階段を昇っていった。
確かに途中で色んな試練があったけれど、仲間達と一緒に音楽が出来る。その一点でトキヤは満足だった。
仲間達とならどこまでも高みに昇っていける。そう信じて駆け抜けた。
気が付けば業界での地位は安定し、七人で揃うのは冠番組の収録とコンサート、歌うときだけになっていた。
それぞれがソロの活動もしながらのグループ活動は、すれ違いが多い。なるべくスケジュールを合わせて曲のための打ち合わせはしていても、人気者の宿命か物理的な距離は埋められない。
今も確かレンは海外へ行っている。真斗は地方巡業中。セシルは実家の都合で帰省中。翔と那月もロケで地方にいるはずだった。
深夜。トキヤは仕事から帰ってきてテレビをつけた。現在のトキヤは辛うじて長期間拘束される仕事はないが、後学のためにテレビを観る時間もほとんどないくらいの過密スケジュールだった。
後でチェックするためトキヤは自分の出演した番組はハードディスクへ録画している。けれどそれも溜まってしまっている。明日の朝は少しゆっくり出来る。ようやく時間が出来て、気になっている部分だけでも確認しようと、トキヤはテレビをつけたのだ。
しかしそこで偶々流れていた番組に、トキヤは動きを止める。
同じグループの音也が出演している番組だった。
デビュー五年目辺りに音也が司会を任された番組で、今も放送が続いている深夜番組だ。深夜故か緩い雰囲気で番組は進行していく。その番組で、トキヤが耳を疑うような言葉が音也の口から飛び出す。
「俺は恋人の尻に敷かれて死にないなぁ……」
アイドルが司会をする番組なのだ。もっとテーマを選ぶべきだろう。マネージャーは何をしていたのだ。まずトキヤはそう思った。
前後の流れから、それが明らかに比喩でないことがわかるのだ。
何でアイドルが性癖の話をしているっ!?――トキヤは叫ばなかった自分を褒めてあげたい。
公称で音也に恋人はいないことになっている。デビューの際は少年らしい若々しさで売っていた音也も、いい加減いい年で。ファンだって性体験が一切ないなど流石に思っていないだろう。それでも。そういうことは匂わせないのがアイドルだ。
トキヤの額には青筋が浮かぶ。
テレビの向こうでは共演者が音也の爆弾発言に響めいている。
「アイドルがそんなこと言って大丈夫か?」
そう言う声も聞こえてきて、トキヤはそれに心の中で「大丈夫じゃないです!」と返していた。
その騒ぎのままCMに切り替わり、次に番組が再開すると先ほどの話は終わっていた。流石にストップがかかったのかもしれない。――かけるならもっと早くにかけろ!というのがトキヤの本音だが。
トキヤは怒りのままスマートフォンを取り出した。普段のトキヤなら時間を気にしてこんな暴挙には出ない。しかし、これは見過ごせなかった。
まずはマネージャーの携帯を鳴らす。
音也のスケジュールがわからなかったからだ。
『……どうしました、一ノ瀬さん?』
電話越しに聞こえた声は擦れている。どうやら寝ていたのを起こしてしまったらしい。
「あれは何ですか!」
ただし、今のトキヤにそんなこと構ってられる余裕はない。
『……え?』
普段理性的なトキヤの苛立った様子に、相手は戸惑っている。
「今日の音也の番組ですッ」
『―――ああ』
少し逡巡してようやくわかったのか。理不尽な怒りだとわかっていても、トキヤはその鈍さに舌打ちした。
『観られたんですか』
「観られたんですかじゃありませんっ!あんなの放送してアイドルとしてイメージダウンでしょう」
暢気な様子にトキヤはますますヒートアップする。
『あのくらい大丈夫ですよ〜〜』
あのくらい!?トキヤは内心悲鳴を上げた。
『流石にその後の台詞はストップを掛けましたけど、あのくらいなら大丈夫です』
「その後の台詞?」
トキヤはそれに不穏な気配を感じた。
『ええ「え?だって白くてすべすべのお尻に敷かれて窒息死とか、最高じゃん」と仰ったときには流石に拙いと思いましたけどね』
マネージャーはわざわざ音也の声をまねをして宣った。それがまた似ているから、さらに殺意が湧く。
「流石に拙いじゃありません!音也も貴方も何を考えているんですか!!」
普段からトレーニングをしている腹筋を使って、トキヤは怒鳴りつけた。
スマートフォンの向こうからしばらく人の気配が消える。
その声量にスピーカーから耳を離したのだろう。失礼な人だとトキヤは憤慨した。
『心配しなくても悪いようにはしません』
ようやくスマートフォンの向こうに人の気配が戻ってくる。
『僕に任せてください』
やり手のマネージャーは確かに心強い存在だった。彼にかかればこれもプロモーションの一環なのかもしれない。それでも。トキヤにも許容出来ることと出来ないことがある。
「―――わかりました」
トキヤは怒りを押し殺して口を開いた。
「もう放送されてしまったのは仕方ありません。今の音也のスケジュールを教えてください」
『……先ほど撮影が終わったので、マンションにいるはずです』
どこか面白そうにマネージャーが告げる。これからトキヤが音也の所へ向かうのを面白がっているのかもしれない。言ったことはないが、多分トキヤと音也の関係を察しのいい彼は気が付いている。問題を起こさない限りは黙認というのが彼のスタンスらしい。
「ありがとうございます」
終話のボタンを押したトキヤは、慌ただしく玄関へ向かった。
(中略)
烏の行水の音也が出てくる前にと、トキヤは雑誌をマガジンラックへ片付けて、寝室へ向かう。
そうして軽い柔軟を始めた。
そうすると、本当にすぐに音也が姿を現した。髪の毛からはまだ雫が滴っている。
「髪の毛くらい乾かしなさい」
この言葉を何度言っただろう。トキヤが注意しないと、音也はいつまで経っても濡れ髪のままでいる。
「はいはい」
そう言いながら音也は頭に被せたタオルで、ようやく髪の毛をゴシゴシと拭き始めた。
「相変わらず体が柔らかいね」
前屈をするトキヤを見て音也が言う。
激しいダンスをする事も多いアイドル稼業。体の硬さは怪我に繋がる。トキヤはプロとして柔軟を日課にしている。
「少し待っていてください」
トキヤはそう言って、それからほんの少しの時間、音也を待たせる。
きちんとやるべきだと解っている。それでも恋人を待たせている状態に、トキヤはいつもより短く柔軟を切り上げた。
トキヤは体を起こして息を吐く。
疲労で凝り固まった体が、解れいてた。
それに気を抜いてしまったからだろうか。すっきりして顔を上げた途端、トキヤは驚いてしまう。
待っていたかのように目の前に、音也の顔がアップで迫っていたのだ。
「――――ぅん!」
音也がいきなり噛みつくようなキスを仕掛けて来た。
それにトキヤは慌てて音也の肩を押して抵抗する。
「ダ〜メ」
しかし悔しいかな。音也の方が力が強く、トキヤはベッドへ押し倒されてしまう。
「や――めっ」
トキヤが嫌だと首を振っても、音也の唇が追いかける。両手は、シーツの上に固定されて逃げ場がない。
「ねえ、トキヤ。今言うなら許して上げる」
音也がトキヤの耳朶をはみながら囁いた。
「ん……あっ」
息が当ってくすぐったい。トキヤは思わず鼻から声を出してしまう。
そのまま音也の唇は首筋を移動していく。喉仏を舐られ、そのねっとりとした感触にトキヤは喉を反らす。
首に意識が行ってしまった隙に、手首を音也に一纏めにされてしまう。
音也は片手でトキヤの両手を封じて、空いた手でトキヤの服を乱していく。前ボタンのシャツは簡単にはだけてしまった。
「言わない?」
音也の問いに、トキヤは首を振る。ここで屈するわけにはいかない。例え負け戦になろうとも、初めから降参するつもりはなかった。
トキヤの意思を確認した音也は、さらに手を進める。
はだけていた胸元は、すでに隠す物もない。
淡い色の頂も露わだ。そこに音也が噛みついた。
「―――ッ!」
トキヤは突然の痛みに驚いて目を見開く。ジンジンと疼く刺激に、両手を握り締め耐えた。
一方音也はその隙を見逃さない。トキヤが身体を強ばらせている間に、下半身の衣服を剥ぎ取ってしまう。
素肌にシーツが擦れる。膝裏に音也の手を入れられ、トキヤは脚を開かされた。
音也の手が股間に差し込まれる。
「ヒ――ッ」
トキヤは突然後ろに感じた感触に、喉を引きつらせた。アナルを音也が摩っていた。
受け入れる事を知っているそこは、期待に蠢く。指の侵入をまるで催促するように、入り口の襞がヒクリと口を開けた。
「あ―――音也……」
トキヤの瞳が潤む。期待を隠しきれない。
音也に拘束されていたはずの腕は、いつの間にか自由になっていた。
「―――っ……」
はしたなく音也に強請ってしまわないよう、トキヤは両手で口を塞ぐ。
けれど音也がまるで焦らすように、入り口でクルクル円を描くように指を動かして、無意識に腰を揺らしてしまった。
我慢出来ない。それがトキヤの本音だった。それを必死に押さえ込み、音也の悪戯に堪える。挿って来そうで来ない指に、心臓は痛いほど鼓動を刻んでいる。
どのくらいそんな時間が続いたのか。いよいよトキヤが我慢出来なくなったとき、それは中に侵入を開始した。
人差し指が第一関節くらいまで挿って来る。それを歓喜して締め付けそうになる中を意識して弛め、トキヤはもっと中まで挿ってくるのを待つ。
しかしなぜか音也は指を引っ込めてしまった。
「あ――…」
トキヤは両手の隙間から、思わずがっかりしたような声を漏らしてしまう。
「欲しい?」
尋ねてくる音也は狡い。ここまできて焦らすなんて。
アナルセックスの快感を知っているトキヤが、我慢出来るはずがない。
「……」
自分から強請るなんてはしたないのは解っている。それでもトキヤは限界だった。
「言ったら挿れて上げる」
狡い――狡い。トキヤは心中で音也を詰りながら、唇を震わせた。
「あ……あなたに、――尻以外も好きになって欲しくて……」
言ってしまった。口に出したら、その思考の恥ずかしさが一入だ。トキヤは羞恥に顔を赤くした。
「へ……?」
音也が目を丸くする。音也は予想もしていなかったようだ。当たり前か。十年近く恋人関係でいて、「尻以外も好きになる」とか、普通はそんな話にならない。
「俺はトキヤのこと、全部好きだよ」
仕方ないなと言うように音也が笑う。その笑いは十年という時間の経過を感じさせた。昔の音也はこんな表情を出来なかった。
お互いに大人になったのだ。
「優しいところもちょっと怒りっぽいところも、真面目なところも料理上手なところも」
「……っん」
音也の唇が降ってきた。トキヤはそれを甘受するように目を閉じる。
「すべすべの肌も、奇麗な筋肉が付いている体も」
音也の手が、太股から脹ら脛を撫で、爪先を持ち上げる。
「一ノ瀬トキヤはトキヤの努力の結晶だ」
まるでお姫様にするように恭しく音也が足を持ち上げ、爪先にキスをした。
トキヤが言った意味と、少し違う。トキヤの意図はもっと俗物的な話で、今さらそんな事を言える雰囲気でもない。
もっとセックスの際に、尻以外にも興味を示して欲しいなんて、恥ずかしすぎる。トキヤはあえて音也の勘違いを正さなかった。
「大好き」
足をシーツの上に下ろされて、もう一度音也のキスが降ってくる。
そうしてようやく待ち望んだものが与えられた。
「んっ」
指が中へ挿って来る。
ローションを塗したのか、クチュリと水音が響いた。
初めは一本の指でも、トキヤのアナルはすぐに三本まとめて受け入れるようになる。
「あ……っぅう――ん」
トキヤは無意識に内壁を締め付けながら、音也へ身体を開いた。
「おとや……っ大丈夫ですからっ」
大して慣らしていない。それでももう我慢出来ない。
トキヤは音也を促した。
それに応えて、音也が焦らすことなく入り口にぴたりと先端を当てる。
トキヤの襞は期待に収縮してしまう。
挿って来る――。
「は―――ぁあっ!!」
「――ッ…トキヤ」
トキヤはその質量に喉を反らして息を吐き出した。
少し中がきついのだろう。音也が苦しそうにトキヤの名前を呼ぶ。
そこは本来受け入れるための器官ではない。だから何度経験しても、最初は違和感を感じる。
けれど音也のものだからこそ、トキヤの身体はすぐに馴染んでしまう。
トキヤは意識して下半身の力を抜いて、音也の首に腕を回した。もう大丈夫。
「――動いてください」
音也。その言葉は音にならなかった。
(後略)
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