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音也衛門見参!

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 俺は古より続く謝忍具流の忍び、音也衛門。お館様から命じられて、今日からここ早乙女学園に通うんだ。
 忍びの里で中学校まで卒業して、晴れて一人前の忍びとして働けると思ってたから、学校へ潜入なんて地味な仕事にちょっとがっかりだけど、立派な忍びは仕事に選り好みせず、命じられた任務をこなすのみ。
 それに今日から通うこの早乙女学園は、普通の学校と違う、らしい。そもそも里の外の子が通う学校に行ったことがないから、普通ってのもテレビの知識だけだけど。何でもアイドルを目指す子たちが通う学校なんだって。
 俺の任務は、この学校に潜むある人物を護ること。ある人物ってのも、今はわからない。早乙女学園にいる草を探して、繋ぎをつけるところから始めないといけないんだ。
 任務の大まかな内容は、他の生徒に混ざって、アイドルを目指しているふりをしつつ、護衛対象を見つけて任務を遂行すること。こうして見ると、実は結構難易度が高いかも。
「はじめまして!」
 全寮制の早乙女学園では、二人で一つの寮室を使用するみたい。今、目の前には俺の同室者がいる。
 ほえ〜〜すっげぇ美人。ってか、これってHAYATOじゃない?
 幼馴染みの女子達が騒いでいたアイドルを思い出す。
 アイドルを養成する学園に、すでにデビューしている現役のアイドルが通う?状況が理解出来ずに、つい首を傾げてしまう。
「何です?」
 うわ〜〜ツンツンしてる!HAYATOってこんな奴だったっけ?
「初めに言っておきますが、私はHAYATOではありません。弟の一ノ瀬トキヤです。ああ、HAYATOのサインが欲しいとか、会いたいとか一切受け付けてませんので」
 それを自分で言っちゃう!?
 ムッとしつつも、大真面目そうなトキヤの様子に、俺はついつい突っ込んでしまう。
 そうそう。名乗られたんだから、俺も名乗らないとね。
「俺は一十木音也!これから一年、よろしく」
 右手を差し出す。
 なのに、トキヤは俺の右手をジロジロと眺めて、フイッと視線を反らしてしまった。この右手の行方はどうすれば……。
 手の平をニギニギとしながら、トキヤを眺める。
「単なる同室です。私は他人と馴れ合うつもりはありませんので」
 トキヤにキッパリと宣言されてしまう。
「ええ〜〜。折角一年間一緒の部屋なんだから、仲良くしようよ」
 俺、間違ってないよね。一年も寝食を共にして、他人同然で暮らすなんて信じられない。
 けれど、そう思うのは俺が忍びの里で育ったからかな。今どきは、こんな感じなの?
「必要ありません。私達はアイドルを目指すライバルなのです。馴れ合いなど、不要です」
 ピシャリと目の前でシャッターを下ろされた気分。
 でもでも。俺は諦めない。たとえ任務でこの学園に通うのだとしても、折角出会ったんだ。仲良くしたい。
「も〜〜トキヤのケチ」
 今は戦略的撤退が必要なとき。そう自分に言い聞かせて、俺は自分のスペースの片付けを始めた。
 持ってきた荷物はほんの少し。だって、任務が終わったら去るんだから、そんなに荷物もいらないでしょ。
 普段は制服で過ごすって聞いてたから、寝間着用の上下をいくつかと肌着類。他の物は、学園が用意してくれたものだけ。楽器は何がいいと聞かれたから、ギターと答えていたら真っ赤な格好いい奴を用意してくれている。忍びにギターって似合わないけど、昔から家にあったギターを辛い訓練の間に遊びで弾いていたから、見よう見まねだけど形になるくらいは弾ける。
 何で俺の家ってギターがあったんだろ。
 もういない両親――父親は初めからいない――に思いを馳せる。
 俺は母が里の外に出て作ってきた子供だ。隠れ里で子供の数も決して多くない。だからそんな俺でも里の人は歓迎してくれた。そんな母も、俺を産んだ後の任務で行方知れず。
 その後育ててくれた叔母も――ずっと、「母さん」って呼んでたから、叔母って言うとちょっとくすぐったいな――もういない。その後は近所の里人のみんなに育ててもらったから、俺は自分の出生をよく分かっていない。
 だから、こんな俺でも大切にしてくれた里のためにも、任務を立派に果たすんだ。
 俺は唯一の私物といってもよい胸元のロザリオを服の上からギュッと握って、誓いを新たにする。


 少ない荷物はあっと言う間に片付けも終わる。手持ちぶさたにキョロキョロとしていたら、トキヤの片付けもキリがついたみたい。
 もう夕食の時間だし、オリエンテーションで教えてもらった食堂に行ってもいいよね。
「トキヤ、ご飯に行こう!」
 初めてトキヤの名前を言葉に乗せたところ、すっごい嫌そうな顔をされた。
「馴れ馴れしく呼ばないでください」
 そんなこと言われてへこたれる俺じゃない。
「え〜〜折角同室なんだし。俺のことは音也って呼んでいいから!」
 一緒の部屋で寝起きするのに、遠慮なんかあったら上手くいかないって。
「いえ。単なる同室者です。お互いに適度な距離感は必要でしょう」
 もう。トキヤって頑固だな。
「そんなのどうでもいいよ。夕飯に行こう」
 多分この議論はこのまま続けてもどうせ平行線だ。そんなのに時間を費やすなんて、この空腹のお腹が許してくれない。
 そう判断した俺は、トキヤの手を引いて、強引に食堂を目指した。
 オリエンテーションで紹介された食堂は、大きくて広々としていた。どんな食事が出てくるのか、楽しみになってくる。
 どうしても隠れ里での生活は、食材に限りがあって、目新しい料理がない。山菜や山の獣たちの肉、そんなのも食卓によく上った。
 今まで食べたことのない料理も出てきたらいいなぁ〜。そんなことを思いながら、俺は食堂へ足を踏み入れる。
 やっぱり広い。夕食時だからか、人もいっぱいだ。この人数が、明日の入学式で学園に入学するんだと、思わず感心してしまう。
 1年制の学園に上級生はいない。だからここの生徒みんなが俺の同級生だ。こんなに同級生のいる学校に通うなんて、人生で初めてでワクワクしてしまう。
 その気持ちのまま料理を見回すと、カレーのイラストが目に入ってきた。そうなると、もうそれしか視界に入らない。
 カレーは俺の大好物だ。
 俺は当然のようにトキヤの手を引きながら、カレーの列へ並んでいた。
「ちょっと!」
 鋭いトキヤの声で、俺はビックリする。今まで大人しかったのに、どうしたの。
「なぜ私までカレーの列に並ばないといけないんです」
 トキヤは傍目にもわかるほどカンカンに怒っている。
 あっちゃ――これって俺が悪いよね。トキヤはトキヤで食べたいものがあるはず。
「あ――ごめん。……トキヤも食べたいものがあるよね」
 俺は慌ててトキヤの手を離す。そのままトキヤも別の列に並べばいいのに、なぜかお説教が始まってしまう。
「だいたい貴方。これからアイドルを目指す自覚があるんですか」
 俺はトキヤの言いたいことが理解出来なくて、両目を瞬いた。何でアイドルを目指すとカレーを食べちゃダメなんだろう。
「カレーのカロリーを考えてみなさい。普段からカロリー計算をしなければ、みるみるアイドルらしからぬ体型になってしまいます」
 ええっと……。カロリー計算しないと太るって言いたいのかな。
 トキヤのまるで女の子のような主張に、戸惑ってしまう。男がダイエットとか……。いくらアイドルを目指しているっていっても、育ち盛りの十代でそれはやり過ぎだろ。
 それに。
「俺って太りにくい体質だから大丈夫!」
 人の何倍も食べる自覚はある。それでも今の体型なんだから、太りにくいって言ってもいいよね。
「消えてください!」
 なぜかトキヤに切れられた。何で?
「おいおい……。穏やかじゃないね」
 派手。その一言に尽きる雰囲気の――制服を着ているから同級生だよね――が、会話に割り込んできた。
「レンは黙っていてください」
 レンって言うの?どうやら、そいつはトキヤの知り合いらしい。
「イッチー。いくら何でも言い過ぎじゃないかい」
 そのレンの指摘に、トキヤが怯む。言い過ぎたと本人も思っていたみたい。これだけで怯むって、根っこは優しいやつなのかも。
「……すみません。少々取り乱しました」
 バツが悪そうだけど、しっかりと謝ってくれる。
「いいよ。気にしてない」
 誰にだって失言はある。それより。
「え〜と……」
 トキヤにレンと呼ばれた人物を見る。よく見ても派手だ。はだけた胸元から、フェロモンっていうの?が出ている気がする。
「オレは神宮寺レン。よろしく」
 差し出された右手を、俺も握り返す。トキヤにしてもらえなかった握手だった。
 俺より身長が大きいからか、手の平もでかい。ギュッと握ると、不自然な位置に出来たたこに違和感を感じた。明らかにペンだこじゃない。俺らは使わないけど、銃を使う奴がよく作っている種類のやつだった。
 こいつ何者?
 そう思ったけど、疑問を飲み込んで、手を離す。
「こっちこそ、よろしく。一十木音也だよ」
「一十木音也。――イッキね」
「へ?」
 耳慣れない言葉に、思わず間抜けな声を上げてしまう。
「一十木だから、イッキ」
 あだ名、かな……。にこやかな笑顔とともに言われて、苦笑してしまう。
「レンは変な呼び名をつけるのが好きなんです。諦めてください」
 トキヤも被害者なのか、ゲンナリした表情でこっちを見ている。確かトキヤはさっき、レンにイッチーと呼ばれていた。それも本意ではないのだろう。
「酷いなイッチー。オレは親しみを込めて呼んでいるのに」
 肩を竦めるレンを、トキヤが睨む。その視線は美人なルックスと相まって、心臓が止まりそうなほど冷たい。
 それをくらって平気な顔をしているレンって強心臓だ。
「そんな親しみ、いりません」
(中略)

「ワタシのことはセシルと呼んでください」
 緊張で手が震えてきた。それをギュッと握り締めて、セシルから隠す。
 今から俺の初任務の全容がわかるのだ。
「俺は一十木音也」
 この学園での偽名を名乗る。戸籍に記された本名は、里以外の場所では秘匿されている。草のセシルはどうなんだろう。本名なのか偽名なのか。
「ええ、聞いています。音也」
 そりゃそうだ。さっきも俺の名前を呼んだし、里から俺の情報は渡っているはず。でも向こうが名乗ってこっちが名乗らないのは感じが悪いし。
「あなたへの伝言がワタシの任務」
 ちょっと片言の日本語で言われる。草だから里外で育った可能性が高いけど、どんな素性の奴なんだろう。浅黒い肌と翠の瞳が、日本人離れしている。
「あなたの任務は同室の一ノ瀬トキヤの護衛」
「――え……」
 予想外の任務に驚いてしまう。なぜトキヤに護衛が必要なのか。
 忍びの里に依頼するのは、ストーカー被害で警護を警備会社に依頼するのとは訳が違う。国家規模の依頼がほとんどだ。新人のテストも兼ねていると言っても謝忍具流の忍びが受ける仕事とは思えない――ってとこまで考えて、思考停止する。下っ端の忍びがそんなこと考える必要はない。お館様の判断は絶対だ。この任務が謝忍具流が受けるに値すると思ったから、受けて俺に下知されたんだ。俺はその任務を全うする。
「トキヤを護衛っていっても、何から護るんだ……?」
 もっともな疑問だった。けれどセシルは答えてくれない。
「それも含めて、一ノ瀬トキヤを観察し、任務を全うするように」
 お館様の言葉をそのままなぞったのだろう。セシルが言う。
「期間は――」
 この位のヒントは欲しい。
「一ノ瀬トキヤが早乙女学園を卒業するまで」
 ということは、俺もその間学園に通い続けるんだ。
 この任務を達成するには、トキヤのことを知る必要がある。どこかその事実に胸が躍るのを見ない振りをしながら、俺は今後へ思いを馳せる。
「――御意」
 お館様へ敬意を表し、お館様の言葉を伝えるセシルへ頭を垂れた。


 任務が判明した俺は、早速寮へ戻って準備を開始する。里からこっそりと持ち込んだ荷物は、昨夜の機械以外にも幾つもある。
 盗聴器もそのひとつ。本体に録音できて、後でそれを聞く形のやつだ。俺がいない間トキヤが寮部屋で何をしているか――といっても、ほとんどそんな時間はないけど――知るために、仕掛ける。
 あとは……。
 視界に壁につるされた制服が入る。トキヤの制服だ。
 学校生活も、クラスの違う俺達は、一緒にいられない。あれにもつけよう。
 そう決めた俺は、トキヤの陣地に近づく。俺とは全く違うテイストでまとめられた空間は、大人っぽい。トキヤの制服からはふわりといい匂いがした。
 襟の裏へ小さなボタンサイズのそれを取り付ける。多分ばれないはずだ。週末はクリーニングに出しているみたいだから、金曜日に取り外すのを忘れないようにしないと。
 今まで俺が知らなかったトキヤの姿が知れることに、ちょっとドキドキする。
 ツンと澄ましたトキヤだけど、偶には気を抜いたりするのだろうか。時間があればレコーディングルームに詰めているトキヤは、密室でどんな様子なのだろう。
 他人の秘密を知ることに、俺は興奮していた。
 あとは授業を抜け出していくトキヤをどうやって尾行するか。俺まで授業を欠席するわけにはいかないから、鞄か何かに発信器と盗聴器を取り付けられたらいいんだけど。外出するときにはまだ寝ていて、帰ってくる頃にはもう寝ている俺が、トキヤの普段使いの鞄など知るよしもない。
 う〜〜ん。これは最終奥義を使うしかない?
 俺のスペシャルな忍術。分身の術!
 普通のそれと違って、別れた俺は、意志を持って行動する。どんな仕組みかって?そんなの企業秘密。たまに誰が本体か忘れちゃうのが玉に瑕だけど。
 明日はそれで授業を受ける俺と、尾行する俺に別れて、トキヤを尾行しよう。そうと決まれば、準備準備。
 トキヤが帰ってくるまでに分身を出して、明日の朝から俺は気配を消してトキヤを追いかける。
 よっし!そうとなれば早速。
「臨兵闘者 皆陳列在前、増えろ俺!――あれっ?」
 俺は俺の分身と顔を見合わせる。
 俺が俺を入れて三人?分身は一人でよかったはずなのに。
「あちゃ〜〜失敗」
 三重の音声が聞こえる。
「もう一回やり直しかぁ……みんな、集合っ」
 慌ててみんなを元に戻す。そうしてもう一回。
「臨兵闘者 皆陳列在前っ」
 今度こそ成功。
「このままいつも通り生活してね、俺」
「うん。わかった。任せて、俺」
 向かい合って俺達は頷く。
 俺はもう一人の俺を残して、部屋を後にした。
(中略)

 俺が寮へ戻る頃には、トキヤは外出の準備を終えていた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
 部屋に入る俺に、トキヤはちゃんと「お帰り」と言ってくれる。母さんと別れてから、俺にそう言ってくれる人なんていなかった。だからちょっとくすぐったい。
 「ただいま」が特別な言葉に思えてくる。
 任務で知り合った相手に感情移入すると、後が辛いと忠告してくれたのは誰だっただろう。でも、トキヤは護衛対象で暗殺対象じゃないから、ちょっとくらい、きっと、大丈夫。
「では、私は出掛けてきますので、ちゃんと戸締まりだけはしてくださいね」
 そう言って出て行くトキヤへ「いってらっしゃい」と声を掛ける。
「いってきます」
 扉が閉まる直前に聞こえたトキヤの声に、俺は知らず知らず笑みを溢していた。


 さて、今からセシルを捜しに行こう。
 トキヤの護衛をするのにこっそりとっていうのは、今の俺には無理。未熟さを認めるのは悔しいけど、それが今の俺の実力だった。
 HAYATOとして仕事をしている間なんて、トキヤの協力がなきゃやれない。俺の授業があるときでさえ、トキヤは外出して仕事をしているんだ。
 それにあの鋭さ。隠れて護衛を開始した日にばれそうな気がする。
 セシルを通して里へ許可をもらい、トキヤに俺が護衛なんだって打ち明けよう。
 俺に与えられた任務は秘密裏の護衛だったけど、失敗して里を危険にさらすような失態だけは侵してはならない。
 そう考えた俺は、昨日セシルと会った場所に向かった。


「オトヤ、どうしました?」
 どこからともなくセシルが現れる。
「里と連絡を取りたい」
 単刀直入に希望を伝える。
「なぜ?」
 当然の返答だ。
「俺の実力では影ながらの一ノ瀬トキヤの護衛は難しいから」
 両手をギュッと握り締める。こんなこと、本当は言いたくない。でも、言わずに任務を失敗する方が百倍恥ずかしい。
「トキヤへ俺が護衛役だと話す許可が欲しいんだ」
「……」
 セシルが沈黙する。
 その時間がとても長く感じた。
「――そんなことを自分から言ったら、人員交代になるとは思わなかったのですか」
 グサッとセシルの言葉が心に突き刺さる。
 考えなくもなかった。俺より優秀な忍びなど、里には幾人もいる。その内の誰かを宛がう方が、確実性は増す。
 でも。
 俺はこの任務を最後まで全うしたいと思う。
 早乙女学園に入って、ほんのちょっとの時間しか経っていないけど、歌ったり、みんなとわいわいと話したり、――些細な言葉の応酬だったり。草と違って俺達は任務が終わればその地を去るとわかっていても、みんなで卒業式を迎えたいと思う程度に、俺はこの環境に馴染んでしまっている。
「里の秘密は必ず守る。だからっ」
 そもそも依頼主のことは知らないのだから、秘密厳守もない。里のことさえトキヤに知られなければ!――ここに里の師匠がいたら、きっと俺の浅はかな考えに叱責されただろう。そのくらい無茶苦茶な話だった。
「一ノ瀬トキヤに護衛の依頼主はシャイニング早乙女だと言うのです」
 俺はハッとする。
「それって……」
「そう言えば、一ノ瀬トキヤも余計な詮索はしないはず」
「ありがとうございます!」
 ここにはいないお館様へ、俺は心の底から礼を言う。セシルが即答するってことは、きっとお館様には全てお見通しなのかも知れない。それでも許可をくれる彼の人に一生の忠誠を。
(中略)

 タイミングよく、トキヤがタクシーに乗り込むときに俺も外へ辿り着いた。
 慌てて後続のタクシーへ乗り込む。
「運転手さん!あの……っ」
 息が切れているふり。
「どうしました?」
 頻りに後ろを気にしながら、俺は頼み込む。
「マネージャーから逃げてきたんだ!とにかく出してっ」
 新人アイドルが締め付けのきついマネージャーを振り切って、お忍びで出掛ける設定だ。前の車を追いかけてくれなんて、怪しんでくださいって言っているようなものだから、俺が追われている振りをしながら、進路を指定する。
「あっ!その道を右っ」
 何度も前後を確認して、トキヤのタクシーを見逃さないように気をつける。
「もうっ最近マネージャーが五月蠅くて、遊びにも行けないんだよ」
 運転手さんに俺の行動の理由付けをする。
「何だ。坊主はアイドルか何かか」
「そう。今度デビューするんだ」
 頷いて「そこの信号左」と指さす。
 それにしてもトキヤはどこに向かっているのだろう。幹線道路を進むタクシーは迷いがない。
 数十分ほど経って、ようやくタクシーが停まる。俺はそのままトキヤの乗ったタクシーの横を通過してもらって、角を曲がって見えない場所で下ろしてもらう。丁度一方通行だから、俺の降りたタクシーが戻ってくることもない。
 そのまま引き返した俺が見たのは、あるマンションに入っていくトキヤだった。
「ここは――?」
 入り口にオートロック機能の付いたマンション。芸能人が住むに相応しいそれだ。
 何でトキヤがそんなところに入っていくのかわからなくて、俺は窓に明かりのついたマンションを眺める。
 しばらくすると、ひとつ、明かりのつく部屋があった。目隠し用のカーテンのせいで、中までは見えないけど、タイミングからしてあそこにトキヤがいる可能性が高い。
 そうなればやることは一つ。俺はマンションの壁にぺたりと両手を押しつけた。
 そのままヤモリのように壁をよじ登る。凹凸のあるタイル張りで、正直助かった。トキヤの部屋らしき場所は、結構上階で大変だ。
 頑張って階下の部屋のベランダに辿り着く。部屋の中は真っ暗で人気がないから、少し休憩。上から何か音が聞こえないかなと思ったけど、分譲型のマンションの分厚いコンクリートの壁が立ちふさがる。
 聞こえないかぁ……。
 ベランダの壁に隠れて、俺は思案する。
 こんなときには、これだよね。いつ家主が戻ってくるかもわからないから、あまりグズグズしてられない。コードみたいな小型カメラを、背負った鞄から取り出した。
 それを伸ばしてトキヤのベランダへ突っ込む。携帯電話に映像を映して、状況確認。うん。ちゃんと見える。
 カーテンが邪魔をするといっても、空気を入れ替えているのか窓が開いている。ああ、音が漏れ聞こえなかったのは、トキヤが物音を立ててなかったんだ。納得して、俺はその間にカメラを差し込む。
 そうすると。見えた!
 明るい室内が液晶に映る。見た感じワンルームっぽい。ソファーにだらしなく座り込んだトキヤは、ちょっとらしくないけど、きっと疲れているんだ。
 何でお前そんなに頑張っているの。
 俺はいつの間にか任務に関係なくトキヤの心配をしてしまっていた。
 ノロノロと起き上がったトキヤは、どこかへ消える。しばらく待つとバスローブ姿のトキヤが戻ってきた。ああ、風呂に入っていたのか。ってことは、このマンションってトキヤの部屋?
 他人の家なら、トキヤはもっと遠慮がちにするだろう。だから、そうとしか思えない。
 じゃあ、トキヤは今夜この部屋に泊まるのか。確認した俺は、カメラを回収する。もう結構時間が経っている。そろそろ引き上げるタイミングだった。
 上に行くか下に行くか迷って、俺は屋上を目指す。屋上で一晩中マンションのエントランスを見張るつもり。
 俺は明日のトキヤのスケジュールをおさらいしながら、一晩を過ごした。


 やっと夜明けだ〜〜。空が白みはじめて、鳥が鳴いている。いつものトキヤならこの時間には外出しているけど、今日はおはやっほーニュースがないから、少し遅いみたい。
 そう思っていたのだけど、それからすぐにジャージを着たトキヤが出てくる。早朝ランニングって、いくら何でも早すぎる気がする。でもいつもこの時間には起床しているトキヤにとって、起きているのは当たり前なのかも知れない。
 昨日も遅かったんだから、もっとゆっくりすればいいのに。本当にトキヤはいつも一生懸命だ。
 トキヤがランニングから戻ってくるのも見守って、外出のタクシーを見送る。ここまでHAYATOの事務所の人の気配は一切ない。ここまでタレントを放任にしているって、いいのかな。トキヤもまだ十六歳なのに。
 HAYATOの事務所ってどんなところなんだろう。
 そんなことを考えながら、俺も身繕いをする。
 今からトキヤを追いかけるんだけど、行き先がわかる尾行って、そもそも今回は細かいことまで追っていないし、割と楽。
 それぞれの場所でトキヤの存在を確認しながら、俺は一日中トキヤに付きまとった。そうしていよいよ夕方。これ以降のスケジュールは、トキヤのスケジュール帳には書かれていなかった。最後のテレビ局でトキヤを眺めていると、見知らぬ男がトキヤに近づいた。
 ああ。トキヤのマネージャーなのか。
 唇の動きを読んで会話を知る。初めてのマネージャーの登場だった。
 これからのスケジュール確認、ね。○×ホテルに七時だから、それまでに衣装とメイクを終わらせるって、何の用事なんだろ。
 仕方ないから俺はホテルに先回りして、従業員に紛れ込んだ。
 ベルボーイをして待っていると、六時頃にトキヤが来て館内のサロンへ案内されていく。メイクをするのかな。そのままベルボーイの服を脱いで、俺はトキヤを追いかけた。
 あ、正体がばれるようなヘマはしないよ。ちょっと鼻薬を嗅いでもらって、協力してもらっだだけ。
 そうしてやっぱりサロンのトキヤはヘアスタイルとメイクを整えてもらっていた。衣装も着替えている。あたりまえだけど、HAYATOの衣装。おはやっほーニュースで有名なアレじゃなくて、七色のコンパスを歌ったときのやつだ。
 う〜〜ん。全くわからない。そのまま唸っていると、表が騒がしくなった。何か次々とお客さんが来ている。
 スーツでビシッときめた人達は、みんな同じ方向へ進む。その先には案内板が出ている。何かのパーティみたいだ。
「HAYATO」
 遅れてやってきたマネージャーがトキヤを人気のない場所へ誘導する。
「いいか、今日のターゲットは鳳商事の社長だ」
 そんな会話が聞こえて来て、俺は驚いて固まってしまう。
 ターゲットってどういう意味?
「わかっています。今まで私が失敗したことがありましたか」
 自信満々でトキヤが応える。
「いや。期待している。私は三○五号室で待機しているから終わったら顔を出せ」
「わかりました」
 そんな会話に、心臓が早鐘を打つ。これってかなり重要な会話だと思う。三○五号室。俺は一瞬迷ってトキヤを選んだ。だって、やっぱりトキヤが心配だったんだ。それに俺の任務はトキヤの護衛だ。こんなわけのわからない状況で、トキヤを一人には出来ない。
 しばらく待っていると、トキヤが呼ばれる。どうやらトキヤはあのパーティに参加するらしい。俺は急いで中へ潜り込んで、機材の後ろへ隠れた。しっかり準備していたはずなのに、突然の状況に、持てる全てで俺の存在を隠す。呪いも隠身の術も。何とか上手くいったのか、会場の人間は気が付いていないみたい。
「会場のコンパニオンに何でもお言いつけください」
 そんなアナウンスが流れて、見目のよい男女がテーブルの間に配置される。その人達は来場客を接待しているのか、飲み物や料理を運んで、ときに来場者と談笑している。
 何人かは会場外に出入りしているみたいだし、俺は一度外へ出る。そうして適当なお兄さんを捕まえて、入れ替わった。どうやらみんな寄せ集められただけで面識もなさそうで好都合だ。
 俺は今度は堂々と会場内へ入る。
 見よう見まねで料理を運ぶ。ちょっと印象を薄くしたから、呼び止められることもない。真面目に料理を各テーブルに配っていると、ステージ上で歌をうたっていたアイドルがフロアに降りてきた。何度かテレビで見たことのある可愛い女の子だ。その子がテーブルのおじさんに呼ばれて、そっちへ向かう。その様子を目で寄っていると、聞き慣れた音楽が流れてきた。
 トキヤ――いや、HAYATOだ。七色のコンバスの前奏とともに、HAYATOが姿を現す。そのまま一曲歌い上げて、ぺこりとお辞儀する。
 そうして、HAYATOもまた、ステージ上から降りてきた。
 迷いなく一つのテーブルへ向かう。ステージに一番近いテーブルで、偉そうなおっさんが座っている。その横に不自然な空席があったんだけど、トキヤはそこに腰を下ろす。
 ニコニコと笑顔を振りまきおっさんに話しかけている。ちょっとだけ、椅子が近い気がするのは俺だけ?少し手を伸ばしたら届きそうな距離に二人は座っている。
 そう思っていたらおっさんの手が、トキヤの太股に伸びる。どう考えてもセクハラだった。それなのに、トキヤは平然としている。
 何でトキヤがそんなセクハラを黙って受けているのかわからなくて、俺は混乱する。
 そんな時間が三十分以上続いた。パーティーは予定を消化したらしく、後はご歓談くださいとアナウンスされる。その後何人かは席を立ち、会場を出て行いった。そのときに、コンパニオンと一緒に出て行く人もいた。
 そこまで見て、そういうことかと納得する。そうしてハッと気がつく。
 慌ててトキヤを見ると、おっさんと一緒に席を立つところだった。
 行くなと止めたい。
 けれど今出て行ったら、きっとトキヤの邪魔になる。俺はギュッと手を握り締めて、トキヤがおっさんと出て行くのを眺めていた。
 何でアイドルのHAYATOがそんなことしているの。
 悔しくて唇を噛み締める。
 けれど、こうして突っ立ているだけなら誰でも出来る。俺にしか出来ないことがきっとある。そう頭を切り換えて、トキヤを隠れて追いかけるため、後ろ姿を探す。
 そんなに時間が経ってないお陰か。すぐに目立たない所にあるエレベーターに乗り込む姿が見つかった。その行き先階を確認して、フロントへ急ぐ。
 最上階にエレベーターは止まった。だから名簿を見ればあたりはつけられるはず。
 最近は全てコンピュータ管理をされているから、バックヤードの事務所で、パソコンをちょっと借りて確認すれば、すぐに宿泊状況がわかる。便利なのも諸刃の剣ってね。
 ざっと確認した最上階の宿泊客名簿。もともと少ない部屋数で、今日は二部屋しか埋まっていなかった。これなら確率は二分の一。何とかなる。俺はエレベーターに乗り込んで、たどり着けるところまで進む。最上階はキーがないとエレベーターが動作しないようになっていた。
 そのまま一階下のフロアで降りて、非常階段を探す。
 格式のあるホテルでよかった。建物が古いせいか、監視カメラがほとんどない。映像に映らないように注意して、非常口から外に出る。そのまま階段を駆け上がって、ピッキングの要領で鍵を開けた。
 滑り込んだフロアは静かで物音一つない。宿泊客が二組しかいないのも影響しているのだろう。さっきトキヤ達が使ったエレベーターに近い部屋を探す。あまり人目に触れるのをよしとする雰囲気じゃなかったから、すぐに部屋に入れることを優先するだろうと思ったのだ。
 さっき事務所で確認した間取りを思い出す。排気の関係で、どこかに通風口があるはずだ。このまま人通りがないとも限らないけど、これしかない。一か八かで壁に張り付いて、天井まで移動する。そうして鉄の扉で覆われた天井裏に入り込んだ。
(中略)

「おかえり〜〜」
 三重奏でトキヤを迎えると、トキヤが目を丸くして驚いた。
「あっ――あなたっ……そっそれ!」
 人は指で指しちゃダメなんだぞ〜。
 そっか。トキヤ、これ知らなかったっけ。わなわな震えながら絶句しているトキヤに、にっこり笑う。
「俺の得意技。分身の術!」
「どう?凄いでしょ」
「ね?ね?トキヤ〜〜」
「待って!」
 クルリと方向転換して部屋を出て行きそうになったトキヤを慌てて止める。
「何で出て行くの」
「折角戻って来たんだから、ゆっくり休まないと」
「そうだそうだ!」
「音也が三人――。悪夢のような術です……」
 ぶつぶつと遠い目をして呟くトキヤに、この術の凄さを教えて上げる。
「今日は三人だけど、本当はもっといっぱい別れることが出来るんだよ」
 ふらり。トキヤが蹌踉めく。
「危ない!」
 俺は三人でトキヤを抱き留める。みんな俺だから、トキヤを心配するのも当たり前。
「大丈夫?トキヤ」
「疲れているんだよ。早くお風呂入って休みなよ」
「あ、いいこと思いついた。俺が一緒に風呂に入って、背中を流して上げる」
「それいいね」
「名案っ」
 ふらついているトキヤを一人にするのは心配だ。下心とか、ほんのちょっとしかないよ。
 アイコンタクトで役割分担を決める。二人でトキヤをお風呂場へ誘導して、一人が着替えとかを用意する。
 もう、子供の頃にした反射神経の訓練以上に、真剣に素早く動いたよ。
「――はっ!……なっ何を!?」
 俺が二人でトキヤを風呂場に運んでいる最中にようやく、トキヤは正気を取り戻す。
「お……っ下ろしなさい!」
 俺が上半身を抱えて、俺2がトキヤの足を持つ不安定な姿勢のせいで、暴れるに暴れられず、トキヤは身を竦めさせている。
「大丈夫大丈夫」
 その間に俺達はトキヤをあっと言う間に浴室へ連れ込んだ。
「お待たせ〜〜」
 俺3も丁度着替えを持って戻って来た。
 男四人だと、ちょっと狭いなぁ……。
「脱がせるよ」
 俺2、3に合図して、一斉にトキヤの着衣を剥ぎ取っていく。
 一人がトキヤを羽交い締めにしている隙に、もう一人がズボンのベルトを抜き取って、下着と一緒に引き摺り落とし、もう一人が前開きのシャツのボタンを外していく。
 三人で脱がせたら、本当に早い。一分も経たずに生まれたままのトキヤだ。
「止めなさい!」
 裸になったトキヤの拘束は、それでも緩めない。隙を見て逃亡しようとしているのがありありとわかるからだ。俺は羽交い締めにされたトキヤの横で、手早く服を脱ぎ捨てた。
 そのままトキヤの拘束係を交代して、浴室へ引きずり込む。
「はい、トキヤ。狭いんだから暴れないでね〜〜」
 大の男四人が一緒に入るのは流石に無理で、俺3は扉の外で逃亡防止の見張り。上半身と下半身を別々に抱え上げられて、逃げるってのも難しいけど。
「あんよ開こうね」
 座り込むついでに、俺2がトキヤの脚を折り曲げる。丁度M字開脚の要領で、脚を開かせた。
「やめなさい!」
 トキヤの股間がよく見えるぅ〜〜。絶景。惜しむらくは、俺2が見ている景色の方が、素晴らしいだろうことかな。自分に向かって脚を開いているトキヤとか――っぅ!鼻血がでそう。
 三人が座り込んでギチギチの浴室内は、とっても狭い。でもそのおかげで、トキヤと密着できるから、そんなの気にならない。
 俺2がトキヤの身体にボディソープを振りかけたから、素肌を擦り合わせて、泡立て始める。俺2も手の平でトキヤの脛や脹ら脛を撫でて、泡立てていく。
 俺はまず胸から腹にかけて、両手を往復させる。
「や……っ何を!」
 乳首を掠めたときに、トキヤの声が上擦った。脇腹も優しく撫でると、子猫のように鳴きながら身を捩る。
 そのまま両腕から指先まで洗い上げると、俺2も足の指先一本一本を洗っている。俺はもちろん股間のものを皮の隙間まで洗ってあげた。
 そうして、背後から洗える部分はほぼ洗い終わり、ちょっとグッタリとしているトキヤを、簡単にひっくり返す。
 背中から尻までを丁寧に二人で洗って、尻の狭間にも泡を擦りつける。石鹸が直腸に入っちゃうと体に悪いから、穴の周辺を優しく洗う。
 その頃には、抵抗を諦めたのか、トキヤは俺達の手にただ身を委ねている。まあ脚に当たるトキヤのちんこは勃起しているし、決して嫌がっている訳じゃないことはわかるから。
 お尻の穴もときどきひくっと動いて、物欲しそうだ。マッサージより先に、こっちを気持ちよくさせて上げるべきかなぁ……。
 タイミングよく俺2がシャワーヘッドを手に取り、湯を俺達に掛けてくる。排水溝に勢いよく泡は流れていった。
 どうしようかな。お風呂は沸いているから、このままトキヤにゆっくり浸かってもらいたいけど、それどころじゃない気もするし。
「早くベッドへ連れて行きなさい」
 俺にしがみついて表情を隠したトキヤが、恨みがましく言った。
「うんっ」
 トキヤの希望なら叶えないわけにはいかない。
「立てる?」って聞いたら「無理」って帰ってきたので、そのままトキヤを抱っこして、俺達は浴室をあとにした。
(後略)


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