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月と太陽

* * *

「ソレイユ。どうしたんだよ」
 太陽の神殿へ降り立ったアースは、友人のソレイユが膝を抱えて座り込んでいるのを見つけて、駆け寄っていく。
「おいっ」
 声をかけても振り返らないソレイユに、不審を感じたアースはソレイユを覗き込んだ。そこには、ぶすっと不機嫌に頬を膨らませたソレイユがいた。
「どうしたんだ?」
 普段明るくハッピーを振りまいているソレイユの、滅多にない姿に、アースは心配で眉を顰める。
「ルナが……」
 ボソリと呟かれた名前に、アースは妙に納得してしまった。
 神の眷属であるハッピーソレイユは、魔に属するプレリュードルナへ妙に懐いている。そのルナからまたお小言を貰ってしまったのか。
「ま〜たルナを怒らせたのか?」
 笑って問いかけるも、ソレイユの表情は硬い。
「違う……」
 ギュッと眉を顰めて、何かを堪えるような表情になったソレイユに、アースはいつもと様子が違うぞと気が付いた。
「何かあったのか?」
 真剣に話しを聞くために、ソレイユの目線に合わせてしゃがみこむ。
「ルナが今度お見合いをするんだって」
 ボソリと呟かれた言葉は、くぐもっていて聞き取りづらい。それでも何とか拾えた言葉に、アースは驚いてしまう。
「ええ!?」
 アースもソレイユもルナも、それぞれ種族が異なる。その為、種族ごとの特性があるのは当たり前だったけれど、アースと一つだけしか年が変わらないルナの見合いは、流石に信じられなかった。
「先生に訊いたら、ルナの一族は、小さい頃から結婚相手を決めるんだって」
 自由を重んじる天の眷属のアースにとって、子供の頃からそんなことを決めるなど、考えられないことだった。
「ルナのお母さんが、ルナに相応しい結婚相手を見つけてくるんだ……」
 常々ルナへの想いを隠さないソレイユは、ジワリと涙で瞳が潤んでいる。
 ソレイユの一族は、親の概念がない。みんなで子供を育てて、それぞれ自分の選んだ道を進む。だからお母さんというのがどういった存在か良く分かっていない。けれど、何となく逆らえないものだと感じていた。
 まだ庇護される子供の立場のソレイユに、ルナの見合いを止める力はない。
「あんなに約束をしたのに……」


「ル〜ナ!」
 昨日も今日もルナに会えて嬉しいソレイユは、遠目にその姿を確認した途端、ルナの名前を呼びながらダッシュで駆け寄っていく。
 ルナまで一メートルというところで、勢いよく地面を蹴って、ルナの背中に飛びかかる。
「ソレイユッ!!」
 いつも通り危ないと怒るルナの首にギュッとしがみついて、ソレイユは頬をすり寄せた。
「ルナ、だあいすきっ」
「……はぁ――はいはい」
 聞く耳を持たないソレイユに、仕方ないと深い溜息を吐いたルナは、諦めたように返事をする。
「ルナ。俺と結婚しようね」
「はいはい」


 アースはよく遭遇した二人のやりとりを思い浮かべた。記憶の中のソレイユは、完全にルナから相手にされていない。
 まるで子供の我が儘に付き合っている近所のお兄さんだった。
「ルナのお袋さんにお願いに行くとか」
「――ルナの一族は、成人と同時に結婚しないと『行き遅れ』になるから、年下の俺はダメなんだって」
 ヒグッと音也の喉から音が漏れた。普段は整っている顔も、涙で崩れている。
 ルナの一族にそんな習慣があるとは、アースも知らなかった。年下というだけで、除外されるなど、アースの一族じゃ考えられない。流石にその理由は理不尽すぎて、アースも何とかしてやりたくなる。
「泣くな!」
 みっともなく涙を浮かべるソレイユを怒鳴りつけて、アースは立ち上がる。
「泣いててもどうにもならないだろ!俺も手伝ってやるから、何とかするぞ!!」
「アース……」
 ソレイユが涙でドロドロの顔を上げた。
「ほらっ」
 アースが手を差し出すと、ギュッとソレイユが握り返してくる。
「行くぞっ」
 アースはソレイユの手を引いて、駆け出した。


(中略)

 その翌日も、また翌日も、ソレイユはルナを抱いた。
 いくら嫌だと言っても、ルナの身体はソレイユを受け入れる。
 活動時間はいつも通り活動して、就寝時間にルナを抱く。ソレイユがいない間、ルナはうとうととしているようだった。連日のソレイユとの交合に、身体が休息を求めているのかも知れない。
 ソレイユはルナが退屈しないように、図書室からルナの好きそうな本を選んで、その枕元へ置いておく。そうすると、少しずつしおりの位置が変わっていくので、少し体力が回復したときには、読書をしていることがわかった。
 そんな日々を重ねて、段々とルナの顔から表情という表情が消えていく。本の進む速度も遅くなり、ルナはぼうっとしている時間が多くなった。
 それと比例するように、ソレイユは忙しくなる。
 月の神殿の周辺で不穏な気配が漂い始めたのだ。
 魔の眷属は闇に近い。だから神の眷属と天の眷属は常に魔の眷属を気に掛けているのだけれど、その魔の眷属である月の一族から、闇に落ちるものが増えてきて、月の神殿の周辺のパトロールが強化されている。
 成人間近のソレイユも、その後方支援に駆り出されている。
 ルナの一族のことに、ソレイユも心配が募って率先してそれに協力していた。だから、忙しさにルナの変化を見落としてしまったのだ。
「ルナ。ただいま」
 遅くに部屋へ戻ったソレイユは、返事を期待せずにルナへ声を掛け、風呂場へ向かうい、サッと汗を流して、早々にルナのいる寝室へ戻る。
 あの日から、「ここから出して」という以外、会話をしなくなったルナは、ぼうっと天井を眺めている。
 そんなルナの横に潜り込んで、ソレイユはルナを抱き締めた。
 その痩身をまさぐると、ルナの口から熱い吐息が漏れる。
「は……ぁっ」
 何度も身体を重ねた結果、こうやってソレイユがルナの身体を触るだけで、ルナの身体は潤み出すようになっていた。
 愛を言葉で返してくれない現実を受け入れたくないソレイユは、性急にことを進める。 ルナをベッドの上で俯せにして、その腰を引き上げる。そうしてその秘密の場所を曝くと、もうすでにそこは濡れている。
 ここだけが素直にルナの想いをソレイユへ教えてくれる。
 ルナの身体を隠す薄布を剥ぎ取って、ソレイユはハクハクと息づくそこへ顔を近づけた。
「う……っん」
 ピチャリと舌を這わせると、ルナの鼻から息が抜ける。
 ソレイユが触れる前から潤んでいたそこは、トロリと甘い蜜を溢す。その蜜と唾液を塗り込めるようにソレイユはルナの肉壺を舐める。
 もうソレイユの形を覚えているルナのそこは、舌ではの質量が足りないのか、きゅうきゅうと絡みついてきた。
 そんな様子に、ソレイユは我慢出来ない。
 尻から顔を離して、ルナへ背後からのし掛かる。
「ルナ――」
 ありったけの想いを込めてルナの名前を呼ぶ。そうして自身をルナの中へ突き立てた。
「ッ――ク」
 ルナの中は、ソレイユに最高の天国を見せてくれる。
 やわやわとソレイユを包み込むように躍動するルナの肉襞は、ソレイユをしっとりと包み込んでいる。
 その天国のような中を蹂躙するように、ソレイユは腰を動かした。
「ルナ、ルナ。大好きだよ」
 何度も繰り返すと、ルナの中はじんわりと潤いが増えていく。
 ソレイユの愛にルナの身体が悦んでいる証拠だった。
「ルナ」
 大好きで大切なルナの中で果てて、今日もソレイユはルナを抱え込んで眠りにつく。
 明日こそはルナが少しでも心を開いてくれたらいいのに。そう思いながら。


「開戦だ!」
「魔のものと天のものが開戦だ――!」
 いつもの通り仕事をしていたソレイユは、その言葉にルナのいる自室を目指して駆け出した。
 最近大人達が危惧していたことが本当になってしまった。このことがルナに知られていなければいいと思いつつ、無理だろうと全力で走る。
 ソレイユの部屋は太陽の神殿の最深部に近い。そこへ報告が走っていないはずはないし、きっと慌ただしさがルナまで届いている。
「ルナ!」
 ソレイユが部屋へ駆け込むと、ここ最近では珍しく、ルナが立ち上がっていた。
「ソレイユ!私をここから出してください――!!」
 縋り付かんばかりの勢いで、ルナがソレイユへ駆け寄ってくる。
 ああ、やっぱり知られてしまった。
 知ればルナがこう言うのは分かっていた。
 でも、こうなってしまってはソレイユも絶対に「うん」とは言えない。
 月の一族の継嗣であるルナが、月の一族へ帰ったら、ソレイユとは敵対関係になってしまう。
「ダメだ。ダメだよルナ」
 ソレイユは首を振る。
 先ほどすれ違った大臣は、神の眷属は、天の眷属の味方をすると言っていた。兵力は一対二。魔の眷属に勝ち目はない。闇に染まってしまった魔のものの陣営へ、ルナを行かせるわけにはいかない。
 ソレイユの腕の中にいれば、ルナは安全なのだ。
「なぜ!?あなたが――っあなたが私を閉じ込めるから!だから、皆が――」
 ルナが泣き崩れる。
 そんなルナを見たことがなかったソレイユは、ルナの周りでただオロオロとしてしまう。
「帰してください……。私のせいだ……」
 繰り返すルナに、ソレイユは何も出来ない。
「あなたさえいなければ――」
 ぶつぶつと呟いていたルナが、顔を上げたと思ったら、ソレイユを睨み付けてくる。その憎しみの籠もった視線に、ソレイユは固まってしまった。
 今までも決して好意的な視線を向けられることはなかった。それでも、憎まれていると感じる視線を向けられたことは一度もない。それが今――。
 そんなルナにどうすればいいかわからなくなったソレイユは、その場から逃げ出してしまう。
「そんなにこの気持ちはダメなものだったの!?」
 ルナに吐き捨てるように告げて、部屋から逃げ出したソレイユは、泣きそうだった。
 ただルナが好きなだけだった。ソレイユはルナが自分の運命だと思ったのだ。だから誰にも渡したくなかった。
 それだけだったのに――……。
 ソレイユは戦の準備の慌ただしさの中、物陰に隠れて膝を抱えて蹲った。


 ついにとうとうそのときが来てしまった。
 ルナは先ほど聞いた開戦の報に絶望する。
 魔の眷属が闇を召喚したという話しだったが、それは明らかな間違いだ。多分皆、光が足りずに闇に落ちていったのだ。
 月の一族が闇に落ちていく傍ら、他の魔の眷属が何もしないはずがない。月の一族に近い眷属から、そのうち引き摺られていくのだから。少しでも光の多い方へ。闇の眷属は侵攻を開始したのだろう。
 全てはルナのせいだ。
 ルナが月の神殿へ光を与えられていたら、こんなことにはならなかった。
 この罪はルナ一人で抱えられる大きさではない。でも、それでもあの太陽の瞳を、罪で濁らせることなど、ルナには出来ない。だから、ルナは罪に潰されないため、ソレイユを憎んでいると思い込む。ソレイユのせいでルナは月の一族のもとへ帰れない。そんな見せかけの憎しみで自分を誤魔化す。
 母様。ごめんなさい。
 私のせいで、こんな――。
 一番に闇に落ちていっただろう母を思って、ルナは涙する。
 もうルナに時間は残されていない。どんな誹りを受けようと、ルナは魔の眷属の元へ戻らなければならない。


(中略)

 神殿に戻ったソレイユは大人達に見てきたことを報告する。
「そうか……」
 難しい表情で黙り込む大人達。そんなソレイユの背後に伝令がやってくる。
「代表の方々がお集まりです」
「もうそんな時間か」
「――魔のものからは水と月の代表が」
 月の言葉にソレイユは反応する。
「月……」
 ルナの一族だった。今はいないルナのため、何か情報を得られないかと耳をそばだてる。
「闇とともに進軍しているんじゃなかったの……」
「とりあえず行こう」
 神殿の最深部。重大な会談の成される円卓へ続く回廊へ、太陽の一族の代表が向かう。丁度やってきた魔のものたちとかち合ったらしい。ソレイユが何度か見たことのある水の一族マーキュリーの父と、――ルナがいた。
「なんで……」
 来訪者は月の一族の代表だったはず。なぜルナがいる。
 ソレイユは近くにいた大人へ縋り付くように懇願した。
「俺も中に入れて!」
 無理は承知だった。代表のみが座れる円卓。そう言われて育ってきたのだ。単なる成人前の子供が許される席じゃない。
「お願い!――何でもするからっ」
「ダメよ、ソレイユ」
 困ったように眉を寄せられ、ソレイユは縋る手の力を強める。
「ねえっお願いだ」
 縋り付くソレイユを嘲笑うかのように、円卓の部屋の扉が閉じていく。背後でパタンと音がして、ざわめきが消えた。
 もうこうなると、会議が終わるまで扉は閉められたまま。誰も中の様子を知ることはない。ソレイユはそれでも諦めきれずに、扉の前に座り込む。
 せめて会議が終わってから、ルナを捕まえられるように。
 きっと長くなる。その間、一歩も動かない決意で、ソレイユは膝を抱えた。


 一瞬見えたソレイユの姿に、ルナは動揺を押さえ込む。
 何かを必死に訴えているようだったが、ルナの所までは声は届かない。そうこうしている内に、ソレイユが視界から外れてしまう。
 これから始められる会議のため太陽の神殿を訪れたルナに、立ち止まる時間はなかった。
 これでソレイユの姿を見るのはきっと最後。
 ルナは瞳の裏へその姿を焼き付けるように、一回だけきつく目を瞑った。


 会議は報告から始まる。魔のものが侵攻していると信じている神と天のものたちへ、状況を説明する。この役はマーキュリーの父が買って出てくれた。
「――であるからに、此度のこと、我々魔のものの侵攻ではなく、闇そのものの浸食である」
「そんな――っ」
 皆が口々に信じられないと叫ぶ。
「かつてゴッド達がやっと封印したといわれる闇が溢れてきているなんて――」
「ゴッド達でさえ苦戦したのに、我々でどうにか出来るのか……」
 状況を口にすればするほど、絶望がのし掛かる。
「静かに」
 太陽の代表がざわめく室内へ一言。
 その落ち着いた声に、場は一瞬で静まりかえる。
「先ほど我が一族のものが持ち帰った報告の状況も鑑みるに、闇が解き放たれたのは間違いないだろう。ゴッド達がいない今、皆で手を取り合って我々で何とかするしかない」
「でもいったいどうすれば……」
 悲痛な声に、ルナは膝の上に置いた手を握り締める。
 もう後戻りは出来ない。
「一つだけ、まだ手はあります」
 まだ幼さを残した声に、全員の視線が集まる。
「月の――。それはどういうっ」
 血走った目で見られて、ルナは一瞬身体を強張らせた。
 ルナの発言で、月の一族に不利益が働いてはならない。言葉は慎重に選ぶ必要があった。
「その昔、まだゴッド達がいる頃、再び闇が漏れ出る可能性を危惧しておりました。だからこそ、ゴッド達は一つだけ、闇を再び封じる力を残した。それが月の神殿。――私が月の神殿に赴き闇を封じます」
 ルナはその場に座る代表を見渡した。
 代表達の瞳に縋るような色が浮かんでいる。僅かな希望でも縋りたい。そんな心情なのだろう。
「ただし、封じるにはとてつもない時間が掛かります」
 太陽の代表はもしかしたらこの話を知っていたのかも知れない。他の代表のように驚いていなかった。
「その間、皆さんの光で闇を押さえてください」
 この世界は、ルナがその命を賭して守ろう。その手助けをして欲しい。
「押さえるだけなら……」
 円卓の一部でざわめきが起こる。
「月の。そなたは本当にそれでよいのか」
 まだ年若いルナを、太陽の代表は沈痛な面持ちで見詰める。ルナが今から行おうとしていることに、哀れみを感じてくれているのか。けれど、今回の事態を招いた原因はルナにある。
 それにルナが闇を封じれば、ソレイユも助かるのだ。
「ええ。これは月の一族に生まれた私の責務です」
「そうか……。わかった。皆の者もよいか?」
「ああ」
 太陽の代表の問いかけに、皆が頷いていく。
 闇から助かる方法があるのなら、何でもよい。それが本心なのかも知れない。
「封印が完全に成されるまで、我らも頑張ろうぞ」
「これ以上拡がらないよう押さえるくらいなら、我々でも出来よう」
 力強く頷いてくれる年上のものたちに、ルナは深々と頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
 ルナが顔を上げるまで、会議場はしんと静まりかえった。


「月の。こちらだ――」
 ルナが顔を上げると、立ち上がった太陽の代表が呼んでいる。
「すぐにでも行くつもりでここへ来たのだろう」
 太陽の代表は全てを見透かしているようだ。
「私も先代から受け継いだこれを使うときが来るとは思わなかった」
 ジャラリと鎖の付いた鍵が懐から取り出される。
 太陽の代表が背にしていた壁が、突如存在感を増す。それはよく見ると、大きな扉だった。
 それは大きすぎて扉だと誰も認識出来ていなかっただけで、この神殿が出来てからずっとここにある。月と太陽をどんなときでも繋ぐ扉。
「この先は闇に侵されている。皆、闇が扉を越えて来ないよう、光で押さえてくれ」
 太陽の代表の要請に、場内の皆がしっかりと頷いた。
 鍵を持った代表は、もう一度側に立ったルナを見る。
「この扉は一度しか開かない。一度閉じてしまえば、その存在をこの世から消す。扉を越えたら、こちらには戻って来られない。それでも行くのか」
「ええ」
 心配を滲ませた視線で、太陽の代表はルナへ尋ねた。その視線はまるで我が子を見るような慈愛に満ちている。
 ルナはこの人にならあとを託せると思った。
「皆をよろしくお願いします」
 何千年もの間、閉じられたままの扉が、今――開く。
「月の。頼んだぞ」
 最後にその声を聞きながら、ルナは月の神殿へ渡る。背後では扉が音を立てずに消えていく。
 扉がその姿を消すと、ルナの周囲は真っ暗闇に包まれた。
「ここが――月の神殿……」
 かつてルナが育った場所のはずが、暗闇のせいで何もわからない。幼い頃よりたたき込まれた道順を思い出しながら、ルナはゆっくりと進む。目的地へ向かうのも、記憶だけが頼りだ。
 一歩二歩。この先を右。思い出しながら慎重に歩幅を計算する。少しでもずれたら目的地へたどり着けない。何十分、何時間。どれくらいの時間が掛かったのか。ルナはようやく淡く光る水晶が埋まった場所へ辿り着いた。
 ここは封印の地。闇を封印するための鍵となる場所だ。
 月が自ら光ることを止めた理由はこのためだった。この封印の場所で来るかも知れない未来のために、エネルギーを溜めているせいで、月は外へ向けて光ることが出来ない。
 そう習った幼い日、ルナは己の責務を自覚した。
 この封印が解けてしまえば、世界が、ルナの大切な人達がいる世界が闇に包まれる。それを阻止するため、ルナは月を守らなければいけないはずだった。
 守れなかった結果がこれ。今なお、大切な人達の世界が脅かされている。
「ソレイユ」
 真っ暗闇の中で、ルナは自身の太陽の名前を呼ぶ。
 もう合うこともないだろう愛しい太陽。
 これから幾日も幾千日もルナはこの神殿で祈りを捧げ続ける。闇が完全に封じられるまで。
「神よ――皆をお守りください」
 ルナは水晶の前で両手を組んで跪く。
 ぼんやりとした光を身に纏って、ルナは祈り続ける。少しずつ、ルナは月に意識を溶け込ませていく。この地中に眠る膨大な光のエネルギーをコントロールするため、一心に祈りながら。


 開かれた円卓の扉に、ソレイユは飛び起きた。ぞろぞろと大人達が中から出てくる。その表情が暗く、ソレイユは一瞬ギクリとしてしまった。
 けれども、それ以上にルナのことが気に掛かった。
 ルナはまだ出てこないのか、と目を懲らすも、その姿は見えない。
 知った顔も通り過ぎていく中、ソレイユの一族の代表が中から出てきた。人もまばらで、多分中に残っている者はほとんどいないはず。
 そうソレイユが思ったと同時に、代表が円卓の扉を閉め始めた。
「え……」
 普段厳重に閉じられたそこは、鍵が掛かっている。だから、使い終われば施錠される。でも、まだルナが出てきていない。
「ルナは!?」
 ソレイユはどういうことかわからなくて、慌てて代表に駆け寄った。
「ルナはどうしたの!?」
 必死に問いかけるソレイユに、代表は視線を伏せた。
「そうか……ソレイユ、お前が――」
 暗い表情に、ソレイユの中で嫌な予感が膨れあがる。
「ソレイユ。月の神殿の最後の継承者を、お前は忘れずにいてあげなさい」
 きっと皆、時間が経てば忘れてしまう、という呟きが小さく聞き取れた。
「どういうことだよ!」
 代表の言葉は不吉だった。月の神殿の継承者、というのはルナのことだろう。ルナのことを忘れる。何でそんな話しになるのだろう。
「いいか。良く聞くんだ」
 ソレイユより背の高い代表に覗き込まれながら語りかけられて、ソレイユは緊張に身体を強張らせる。
 聴きたくない。でも知りたい。相反する気持ちが浮かび上がる。
「月の、はもうここにはいない」
 告げられた内容に、ソレイユは目を見開く。いったいそれはどういう意味なのか。
「闇を封じるため、一人封印の地へ向かった」
 ソレイユは世界が暗転するのを感じる。
 ルナが一人でどこへ向かったって――?どういうことだ……。
 じわじわとソレイユはその言葉を理解していく。
「嘘だっ!!」
 反射的に叫んでいた。信じられなかった。
「月の、はこれより幾千年、一人封印の地で闇を封じるため過ごす」
「そんなの嘘だっ!」
 ルナがもういないなんて、ソレイユには信じられなかった。封印の地、というのはお伽噺で聴いたことがある。この世のどこかにある、ゴッド達が闇を封じた地。そこへ行った者は誰も帰ってこない。そういう内容だった。
 そんなところにルナが行ったなんて、信じたくない。
 嘘だと繰り返すソレイユに、言葉が落ちる。
「ソレイユ。お前も間もなく成人を迎える。月の、を助けたければ、励むんだ」
「え……」
 ルナを救う手段がある。その希望に、ソレイユは縋り付く。
「お前が相応しい者になったとき、私はお前にその手立てを授けよう」
 ルナを救えるなら何でも良かった。どんなことでも出来る。
「本当!?――俺、ルナのためなら何でもするっ」
 だから、どうかルナを俺に返して……。
 ソレイユは心からそれを願った。

(後略)



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