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箱庭にふたり。

* * *
 亜人と人間、二種類の種族のいる世界。けれどこの二種は森により遮られ、お互いに交わることなく生活している。
 そんな中、人間との生活圏にほど近い亜人の村で、争いが起こっていた。
「音也っ!こっちですっ」
 ようやく人型をとれるようになったトキヤは、一つ年下のまだ獣の姿しかとれない友人へ必死に手を伸ばす。
 二人はちょうどそのとき、村のほど近い森で遊んでいた。遊び疲れて家に戻ろう。そう思って村の入り口まで戻って初めて、その異常を感知した。
 あり得ない場所から煙が上がっている。そうして、常にない殺気立った気配。
 二人が耳を澄ませると、呻き声が聞こえてくる。
 トキヤと音也が目を凝らして様子えお見ると、村は何ものかに襲われているようだった。
 本能が危険を訴える。獣と人。二種の特性を持つ二人は、その本能に忠実に従って、逃げるため走り出した。
 どうやら侵略者はまだ二人に気付いていない。その隙に距離を稼がなければ。そんな焦りを抱いて、トキヤは音也と併走する。
 二人はまだ年端もいかない子どもだ。トキヤは六つ。音也に至っては、まだ五つ。そんな二人が大人の脚に敵うはずもない。このまま気付かれることなく、安全な場所へ逃げ込まなければ、気付かれた瞬間、二人の命は終わる。
「はあはあはあっ」
 人型をとっているトキヤの方が早く息が切れ始めた。それでも足は止められない。
 侵略者が追ってこない場所を求めて、二人はひた走る。
「トキヤ……っ俺に乗って!」
 音也がトキヤに言う。
 音也の体躯はまだ小さい。でも軽いトキヤなら乗せて走ることも出来る。
「……」
 一瞬トキヤは迷った。亜人であるトキヤも獣の姿をとることが可能だ。けれどトキヤは珍しい希少種で。その姿を人前にさらすと、別の危険が発生することから、人型をとれるようになるまではひたすら家の中で生活しいて、つい最近人型をとれるようになってからやっと、外に出られるようになったばかりだった。
 このまま人型で逃げ続けるには無理がある。けれど獣の姿をとることも出来ない。トキヤに選択肢は一つしかなかった。
「――すみません。音也ッ」
 トキヤは音也の背の上に乗って、その太い首へしっかりとしがみつく。
 それを確認した音也が、ぐんとスピードを上げて走り始める。
 ビュンビュン風の音をさせながら、音也とトキヤは亜人と人間を隔てる森を駆け抜けた。


 どれだけ村から離れたのか。森が途切れる手前で、トキヤを乗せた音也は力尽きた。
「疲れた……」
 もう一歩も歩けない。そんな雰囲気で音也は座り込んでしまう。
 一方音也にしがみついていたトキヤは、もう少し体力があった。グッタリと平伏する音也の横で、周囲を窺う。
「ここは……」
 どうやら二人は亜人の国でなく、人間の国の方へ逃げてきてしまったらしい。人の気配が濃厚に残る森の入り口だったが、もう日暮れを迎えたせいか人の姿はない。一歩も動けそうにないほど疲弊した音也を横目に、今日はここで休むしかなさそうだとトキヤは心を決める。これだけ村から離れれば、侵略者は追って来ないだろう。明日の早朝に動き始めれば誰にも見つからないだろうと、トキヤも音也の横へ腰を下ろした。
 いくら人より聡明だと言われていても、所詮トキヤも六つ。その判断は甘い。
 夜の寒さをしのぐため、トキヤは毛皮に覆われた音也へぴったりとくっついて眠りに落ちた。


 チュンチュンチュン。鳥のざわめきで、トキヤは目を覚ます。
 隣には温かい毛皮。音也はよほど疲れたのか、今だ眠っていた。
 けぶるような睫毛を上げて、周囲を見回したトキヤは硬直した。
「おはよ〜ん」
 目の前にトキヤよりはるかに身体の大きな人間が、座っていた。
「――ッ!!」
 今までその気配に気付かずに眠りこけていた自身に、トキヤは奥歯を噛み締める。普段なら他人の気配に賢い獣の音也も、疲れすぎて気が付かなかったのだろう。
 そんな音也も、トキヤの緊迫した気配に、やっと起き出した。
「トキヤ?」
 音也の呼びかけは、人間には単なる唸り声に聞こえているはずだ。
「音也」
 トキヤは内心の焦りと不安に、音也の背中へ手を伸ばす。
「へ〜そのこ音也くんって言うんだ」
 茶色い髪の男はニコニコとこちらを見ている。そんな馴れ馴れしい様子に、トキヤの警戒はますます強まる。
「どこから来たのかな? こんなところで迷子?」
 男は一定の距離を保ったまま尋ねてくる。
 近づいてこない男は、むくりと起き上がった音也に、僅かに腰を浮かせた。その様子にトキヤは、男は音也が怖いのだと合点する。
 トキヤと音也は随分と遠くに来てしまった。
 なぜ村が襲われていたのか。トキヤには一つしか心当たりがなかった。
 父母に重々言い含められていた話。トキヤは亜人の国で、希少な存在なのだという。トキヤの存在が知られてしまうと、トキヤは連れ去られ、閉じ込められる。だから父母はトキヤを連れて、あんな森の中にある村へ逃げて。
 そもそも村は隠れ里で、そうそう襲撃になど遭う理由がない。犯罪を犯し追われたもの、駆け落ちしたもの、そんなものたちとその子孫で作られた村を襲う利点などほとんどない。
 そんな村が襲われたのなら、もうトキヤと音也はあの村へ戻ることは、二度と出来ないだろう。あの森を別のルートで抜けて亜人の国へ行くにしても、幼い二人ではどんなに険しい旅路になることか。そうして辿り着いた亜人の国が、二人に優しい世界だとも限らない。
 幸いトキヤは人型で、人間に紛れて生きていくことが出来る。音也もトキヤが守れば何とかなるのでは。幼いトキヤはそう思った。
 まずはこの男から人間の世界へ紛れる切っ掛けを掴もう。
「音也。少し大人しくしていてください」
 頭を働かせたトキヤは、男に聞こえないくらい小さな声で、音也へ囁いた。
 そして――。
「父と母は――……っ」
 演技をする必要はなかった。きっともうこの世に居ないだろう父母の様子を想像するだけで、トキヤの瞳には涙が浮かんでくる。
 トキヤは声を詰まらせて嗚咽を堪えた。
 音也は慰めるようにその身を寄せて、涙の伝ったトキヤの頬を舐めてくる。
「ええ……っと。――ほら、じゃあ親戚とか」
「父と母は駆け落ちして親戚はいません。それに、そんな私たちを受け入れてくれた村の人達も――ッ」
 トキヤの脳裏には優しかった隣人が浮かぶ。仲のよかった両親が浮かぶ。ぼろぼろと涙が溢れ出した。
「そ……っそっか」
 男はおろおろと戸惑っている。
 音也の様子を気に掛けながら、ジリジリとトキヤ達の方へ近づいて来た。意外と気のよい人物なのかも知れない。
「じゃあさっ。よかったらお兄さんと一緒に来ない?」
 トキヤにとって今にも飛びつきたい話だったが、上手い話には裏がある。警戒心を滲ませて、男を見た。
「そっちの音也くんも」
 ますます怪しい。まだまだ子どもといっても、音也は人間にとって猛獣とされる種類の亜人だ。簡単にそんな獣が一緒で構わないと言うなんて、普通ではない。
「ぼくちんサーカス団の団員なんだ! そんなに音也くんに懐かれているなら、きみも猛獣使いになってくれると助かるなぁ……」
 サーカスがどういったものなのか分からないトキヤは、不審そうに男を眺め続ける。
 警戒を解かないトキヤに、男はにっこりと笑って見せた。
 そんな男に、トキヤより先に音也が警戒を解いてしまう。
「トキヤ、この人ならきっと大丈夫だよ」
 クゥンクゥンと鳴きながら近寄って行く。
「音也っ」
 そんな音也を、トキヤは慌てて止めた。それなのに。
「音也くんはぼくちんを信じてくれるのかい!」
 先ほどまで音也を恐れていたくせに、男はオーバーリアクションで音也の首へ抱きついた。
「音也っ」
 トキヤは慌てて音也へ駆け寄って、二人を引き離す。そうして音也の首筋に抱きついて、男へ向けて毛を逆立てるように警戒心を剥き出しにした。
「……困ったなぁ」
 そんなトキヤの警戒に、男は眉尻を下げる。
「悪いようにはしないから。おいで」

(中略)

「音也?」
 檻の中の音也の様子がおかしくて、トキヤは眉を顰める。どこか息が荒く、落ち着きがない。今までトキヤが見たことのない様子だ。
「トキヤ?」
 そんな自分に戸惑っているのか、音也も不安そうだ。
「どうしました?」
 トキヤは慌てて檻の中へ入って、寝そべった音也の横に膝をつく。
「何か身体が熱くて変なんだ……」
 興奮しているのか目もぎらついている。
 いったいどうすればいいのかわからずに、トキヤはオロオロしてしまう。
「ちょっと待っていてくださいっ」
 自分では対処できないと思ったトキヤは、嶺二を呼ぶため檻を飛び出した。
「どうしたの? トッキー」
 血相を変えて駆け寄ってきたトキヤに、嶺二も驚く。
「音也の様子がおかしいんです!」
 気が動転していたトキヤは、嶺二の腕を引っつかむと、音也のところへ走って戻る。
「嶺ちゃん……」
 トキヤに引っ張られた嶺二は、すぐに檻へ辿り着く。そこで見た音也に、あちゃ〜と片手で目を覆う。
「音也はどうしたんですか!?」
 音也の状態の原因が一目でわかったらしい嶺二に、トキヤは掴み掛からんばかりだ。
「発情期、だと思うよ」
「……え?」
 聞き慣れない言葉にトキヤはポカンとしてしまう。
「そう言えばおとやんは矯正してないから、発情期になってもおかしくなかったんだよねぇ」
 どうしたものかと嶺二は困っている。
「発情期ですか?」
 いまいちピンときていないトキヤに、嶺二は丁寧に説明してくれる。
「ここの子たちは矯正しちゃっているけど、農家の家畜が交尾しているところは見たことがあるでしょ」
「ええ」
「おとやんもそれと一緒。雌と番いたくて興奮しているのさ。ちょうど春だし発情期なんじゃないかな」
「そんな……」
 思っても見なかったことに、トキヤは呆然としてしまう。亜人に発情期は関係ないはずだった。ずっと獣の姿でいる弊害なのか。
「発情期がきちゃったんなら仕方ない。番わせてあげる雌もいないし、おとやんには可哀想だけど我慢してもらうしかないね」
「音也に我慢……」
 息が荒く辛そうな音也に、トキヤの眉が顰められる。
「トッキーもしばらくおとやんの檻には入っちゃだめ」
「なぜ!?」
 信じられないことをいわれて、トキヤは嶺二に掴み掛かる寸前だ。
「発情期の間は、本能が強くなる。いくらおとやんとトッキーが仲よくても、襲われるかもしれない」
「音也はそんなことしません!」
「万一、ってこともある。トッキーを襲ってしまったら、それこそあとで正気に戻ったおとやんが悲しむよ」
 そんな風に言われてしまえば、トキヤにはどうすることも出来ない。
「交尾をすれば、音也は楽になるのですか」
「まあ、本能が満たされれば少しは楽になるだろうね」
 嶺二にそう返されて、トキヤは嶺二の見えないところでこぶしを握った。


 深夜。トキヤはサーカス団に来てから初めて横になった、皆が休むテントの中を抜け出して、音也の檻の前に来ていた。
 そっと中へ足を踏み入れる。昨日まで一緒に眠っていた場所に、音也が一人で横になっている。
「トキヤ」
 音也はトキヤの気配を察したのだろう。落ち着きのない様子で、起き上がった。
「音也」
 そんな音也に、トキヤは摺り足で近づきながら、着ていたものを脱ぎ落としていく。
「……っ」
 音也が現れた白い肌に息を止めた。
 トキヤはこっそりと持ってきた香油を握り締めて、音也へ近づいていく。
 そうして音也の横に腰を下ろして、そっと囁いた。
「音也、私と交尾をしましょう」
「トキヤ」
 音也は苦しげに首を振る。
「トキヤが怪我をする」
 いつか見た無理矢理番わされる家畜の様子が、音也の脳裏には浮かんだ。
 怪我をしなくても、絶対痛いはずだ。
「大丈夫です。その為に香油も持ってきたんです」
 まるで宝もののように小瓶を音也へ差し出す。
「私はあなたが辛い方が嫌です」
 そう言って香油を手に垂らす。音也が何をしているんだろうと眺めると、その濡れた手を股の間に持っていって、トキヤは少しだけ腰を浮かせた。
「――ぅん」
 くちゅくちゅと水音が起つ。
 トキヤは尻の穴へ香油を塗りたくる。その様子に音也はゴクリと喉を鳴らして、自身の獣の手とトキヤを見比べた。
 獣の手では何も出来ない。
 音也は人型になろうと四肢に力を入れる。しかし、――どうしてか人型になれない。
 獣の本能が勝っているせいか、人型への変化が訪れなかった。
 その間もトキヤは痛みを堪えながら、尻の穴を弄る。入り口を香油で濡らし、指を中へ潜り込ませる。一本ならなんとか指を飲み込めた。
「ぅぅ……っ」
 声を堪えても、呻きが漏れてしまう。
 指一本でこんなに苦しんでは、音也を迎え入れることなど出来ない。いつかの年上の女性たちの姦しい話が、トキヤの脳裏に浮かぶ。
『処女ならよ〜く慣らさないと大惨事よ』
 よく慣らすとは具体的にどのくらいなのか。平常の音也のものを思い浮かべると、指一本では全く意味を成さないだろう。
 トキヤは無理矢理二本目の指を押し込んで、穴の中をかき混ぜた。
 ぐちょぐちょと水音が響く。ケチらずに使った香油だろう。
 肩口に掛かる音也の息遣いが、どんどん荒くなっている。
 早くしなければ。焦りからトキヤは指を無理矢理拡げてみた。
「くぅ……」
 息を詰めて痛みをやり過ごす。トキヤも色んな意味でもう限界だった。
 毛布を敷いた床に、両手をついて尻を音也へ向ける。
「音也」
 その状態で音也を振り返ると、音也は荒い息で涎を垂らしていた。
 トキヤは上体を倒して、音也へ尻を突き出す姿勢をとった。
「どうぞ挿れてください」
 テラテラと光る尻の穴を突き出されて、発情期の音也が我慢出来るはずがなかった。
 背中に音也の体重が掛かる。音也がトキヤの背を跨ぐように身を乗り出してきた。
 尻の狭間に硬くなった音也の性器が触れる。
 トキヤは覚悟を決めるように唾を嚥下して、敷き布に噛み付いた。
「――ッ」
 あまりの痛みに、トキヤは叫ばなかった自身を褒めたいくらいだ。
 メリメリと音が聞こえる気がするくらいの痛みだ。力任せに挿入されるそれは、痛みしかもたらさない。
 トキヤは胸中で音也の名前を呼びながら、ひたすら耐える。
「トキヤ、トキヤ」
 音也は背後で喉を鳴らしながらトキヤの名前を繰り返す。挿れてしまえば本能に理性が飲み込まれてしまったのか、音也はひたすら腰を振っている。
 頭上から音也の荒い息とともに涎が垂れてきて、トキヤの背中を汚していく。太股をつうっと伝っていくものがあったが、トキヤは気にしない。亜人の大人になった身体は頑丈だ。多少の怪我なら一晩で治ってしまう。
 ガツガツと出入りを繰り返す音也のペニスが、トキヤの慎ましやかに閉じていた襞を無残に引き裂いていくけれど、トキヤはひたすら嵐のような時間が過ぎ去るのを待った。
「グルグル……っ」
 音也がうなり声とともに殊更奥へペニスを突き立てた。
「――ッ」
 トキヤの腹の中へ、精子が飛び出して行く。
「あ、――あっ」
 腹の奥へ注がれるそれに、トキヤははっはっと荒い息を吐く。
「ぅぅ……」
 トキヤの尻に腰を擦りつけるように動いた音也は、短い射精のあと、トキヤの中からペニスを抜いてくれる。痛みの元が出て行って、トキヤはくたりと身体から力を抜いた。
 拡げられて閉じなくなった穴から、音也のものがトロトロと溢れていく。股の間を伝う生臭いものを拭う気力もなく、トキヤは床へ俯せたまま。
 けれど終わったことにトキヤが安心していると、また音也が背中にのし掛かってきた。
「音也?」
 トキヤが振り向くと、音也は苦しそうな表情をしている。
「ごめんトキヤ。止まんない」
 もう一度音也のペニスが尻の穴へ挿入された。
「――ッ!!」
 トキヤは咄嗟に敷き布を噛む。身体は音也の動きに合わせてゆらゆらと揺れ、もうひたすら音也の発情が収まるのを待つしかなかった。
 トキヤの中で何度も達した音也は、結局朝日が昇るまでトキヤを解放してはくれなかった。


「トキヤ。大丈夫?」
 ようやく発情が収まった音也が、仰向けに寝そべったトキヤを上から見下ろす。裸の身体に少し肌寒さを感じたトキヤは、音也の首へ腕を伸ばした。
「このくらい平気です」
 尻の穴はジンジン痛んで、下半身には全く力が入らないけれど、トキヤは強がって音也へ笑ってみせる。トキヤが選んだ結果で、音也が後悔する必要はない。
「お尻見せて」
 そんなトキヤの強がりに、音也は騙されてくれない。心配そうにトキヤの脚を広げさせて、股の間に頭を突っ込んできた。
 爪でトキヤの柔肌を傷付けないよう丸めた手で尻の狭間を掻き分ける。
「うっ」
 露わになった尻の穴に音也は息を飲んだ。そこは赤く腫れ、切れたのか血の跡が生々しい。音也は蹂躙されたそこを癒すため、舌を伸ばした。
「……おとっやぁっ」
 ぺちゃぺちゃと尻の入り口を舐める音也に、トキヤは身を捩る。ざらついた舌は、敏感になった襞をダイレクトに刺激してくる。
 鋭い牙でトキヤの尻を傷付けない気遣いが難しかったのか、音也は人型へ変化してしまった。器用な人の手にで、トキヤの逃げようとする尻を掴んできた。
「ひぃっ」
 吸い付くように襞から零れてくるものを啜られる。それは音也の出した精液だったが、今の音也にとってそんなの些末事だ。
 唾液を塗り込めるように、何度も舌を往復させた。
 そうすると無意識に、トキヤの尻の穴はひくりと痙攣してしまう。
 音也は傷口を丁寧に舐め清めて、ようやくトキヤを解放してくれた。
「トキヤ?」
 音也が二との姿のまま伸び上がってくる。トキヤの頬は真っ赤になっていた。
「顔が赤い。熱でもある?」
 お互いの額をコツンと触れさせて、音也がトキヤの体温を確かめてきた。
「大丈夫です」
 少しだけ音也から視線をずらして、トキヤは答える。
その隙に、突然音也の唇がちゅっとトキヤの唇へ吸い付いた。
「――ぅっ」
「人間の番はこうするんでしょ」
 あまりに音也が楽しそうに笑うせいで、トキヤは何も言えない。
 私たちは雄同士だとか、雌の番を見つけるべきだとか。こちらの世界にたった二人の亜人である。雌の番など望むべくもない。
 単なる雌の代用としてでも、トキヤが音也の役に立つのなら、トキヤは何度でも音也と交尾をしよう。
 今だけは。
「私があなたの番です」
 もう一度今度はトキヤから音也の唇に唇を重ねる。
「へへっ」
 嬉しそうな音也の笑顔に、トキヤも笑顔になる。
「そろそろ朝の仕度の時間です」
 トキヤは何とか身体を起こして、立ち上がる。先ほどまで音也を受け入れていた尻の穴は、まだ何かが挟まっているようだ。それでも膝に力を入れて、二本の足で大地を踏みしめた。
 頑強な身体は、多少ふらついても、もう立てるようになっていた。
「あとで食事を運んできます」
「待ってる」
 トキヤが檻から出て振り向いたときには、音也は獣の姿へ戻っていた。
 朝食の準備を手伝う前に、汚れを落とさなければ。そう思ってトキヤは洗い場を目指す。移動日の今日、朝から洗濯をするものは居ないはずだった。
「トッキー」
 厩舎と寝床のテントの間に洗い場がある。その洗い場に、嶺二が立っていた。
 トキヤの姿を上から下まで確認した嶺二は、重い溜息を吐く。
「まさかとは思ったんだけど」
 乾いた布と傷薬を差し出された。
「中はきちんと洗うんだよ」
 それだけ言って、嶺二は去って行く。
 きっと嶺二は昨夜音也とトキヤの間に何があったのか、気付いてしまったのだろう。それでも反対も賛成もしない。知らぬ振りをする。嶺二の反応はそういう意味だろう。トキヤと音也が亜人だと知らない嶺二からしたら、トキヤは獣と交わった人間なのだ。
 それで嫌悪を向けてくるわけでなく、見て見ぬふりをしてくれるなど、やはり嶺二は人がいい。
 トキヤは受け取った布をありがたく使わせてもらう。汚れた身体を水で洗い流して、身体の水分を拭いていく。
 傷薬は、亜人のトキヤには不要だ。
 それは使わずに、トキヤはテントへ向かった。

(後略)


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◆◇◆sinceMay 20, 2012スタイルシート多用◆◇◆