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きらきら

「今日はありがとうございました」
 一ノ瀬トキヤは、会場を埋め尽くした観客へ向かって丁寧に頭を下げる。
 デビューして三年目。順調にステップアップして、単独でも武道館クラスで開催するコンサートチケットは、即ソールドアウトとなる。
「またこうやって皆さんとお会いできるようこれからも精進して行きますので、ぜひまたお会いしましょう!」
 ダブルアンコールも終わって、本当のラスト。トキヤは体全部を使って会場中に手を振って、ステージからはけていく。最後までステージに残っていたトキヤがいなくなれば、ステージ上には誰もいない。
 バックステージに下がったトキヤは、客電がついて会場が段々と騒がしくなっていくのを、ステージ裏で耳を澄ませて待つ。
 トキヤは、観客が楽しげに身支度をして、帰って行く瞬間がとても好きだった。
 自己満足でなく、ちゃんと思いが届いている。そう感じられる一瞬だから。
 本当は最後の一人になるまでステージ裏にいたい。けれど、観客がいなくなれば、すぐに始まるステージのばらしのため、段々とバックステージは騒がしくなっていく。だからトキヤは、数十分だけバックステージに立ち止まってから、いつものように用意された控え室へ向かった。
「トッキヤ――!」
 扉を開けるとそこには予想通り、同じ事務所の一十木音也が待っていた。
 音也はここ最近はドラマ撮影に掛かりきりのようで、ようやく最終日なに都合がついたから、チケットを用意してくれと言われ、トキヤが今日の音也の席を用意したのだ。だから公演終了後、音也が控え室にいるだろうと、トキヤは予想していた。
「すっげーよかったよ!」
 音也の興奮が、全身から溢れている。音也に満面の笑みで褒められて、トキヤの頬も弛んだ。
「ありがとうございます」
 初めて出会った頃はライバルの音也にこんな風に言われても、素直に受け入れられなかった。けれど今は、自身に余裕が出てきて、トキヤも褒め言葉を穏やかに受け入れる事が出来る。
「ほら! あの新曲っ……俺すげーびっくりした!!」
 音也が言っているのは、懇意の作曲家と攻めの姿勢で作った曲のことだろう。トキヤにとって今までにない、けれどこれもまた自身の一面、と言える曲が完成して、とても満足していた。
「俺も負けてられないね」
 音也の表情は引き締まっている。
 音也もトキヤと一緒のタイミングで、新曲の準備をしているはずだった。シャイニング事務所のアイドル七人で、シングル連続リリースの予定が発表されて、世間を性早生手からもう大分時間が経つ。
「ふふ……私も楽しみにしています」
 トキヤはまだ音也の新曲を聴いていない。音也がどんな曲に仕上げてくるのか。
「一ノ瀬さ〜ん。今から打ち上げ会場へ車を出すそうです」
 控え室の外から聞こえた声に、トキヤは慌てた。トキヤはまだライブが終わったまま、シャワーさえ浴びていない。音也との会話に夢中で、時間を忘れてしまっていた。
「すみません! 少し時間をいただけますかっ」
 トキヤはらしくない慌ただしさで、手早くシャワーを浴びて、髪の毛を乾かす。
 幾ら涼しい顔をしてステージに立ってはいても、激しいダンスもあるため、身体中汗でベトベトになる。シャワーでサッパリして、トキヤは用意されていた車へ、音也と一緒に乗り込んだ。

(中略)

「ねえ……好きだよ。俺、トキヤがまだ好きなんだ」
 そんな音也の言葉に、トキヤは二年前の春を思い出した。


* * *


「トキヤ」
 早乙女学園の卒業式を迎え、トキヤと音也は寮室の整理をしていた。一年間二人で過ごした部屋は、最小限の荷物に留めていたつもりでも、色んな物が増えている。
 音也に呼ばれて、トキヤは作業の手を止めて振り返る。
「――っ」
 そうしたら、いきなり音也がすぐ側にいて、トキヤは驚いてしまった。
「あのさ……」
 目の前の音也は、何を緊張しているのか、表情を硬くし、言い淀んでいる。
「どうしたんです?」
 今後は同室ではなくなるが、二人ともシャイニング事務所への所属が決まっている。トキヤのHAYATOとしての仕事も少なくなり、一ノ瀬トキヤへのシフトも順調にいきそうな気配だ。何か不安に思うようなことが、あっただろうか。
「あのさっ俺!」
 意を決した。そんな表現がぴったり来るほど、真剣な表情の音也が、さらに距離を詰めてきた。
「トキヤが好きだ!」
「え――?」
 突然の告白に、トキヤは音也が何を言い出したのか理解出来ずに、間抜けな声を出してしまった。
「私もあなたのことはよい友人だと思っています」
 トキヤは何とか音也の言いたいことを理解して、口を開く。
 音也を目の前に、トキヤが音也をよい友人だと認めるのは、これが初めてではないだろうか。トキヤは少し照れくさくなりながら、音也へ返す。
「違うっ! そうじゃなくて……」
 それなのに、音也は違うと首を振る。
「こういう意味で、俺はトキヤが好き――」
 グッと両腕を掴まれたと思った瞬間、トキヤの唇に音也の唇が触れていた。
 それは拙いキスだ。一瞬のうちに離れていってしまう。
「……」
 トキヤは今起こったことに思考が追いつかず、ただ呆然とすることしかできない。
「トキヤは? ――トキヤは俺のことどう思ってる? ……俺はトキヤと恋人になりたい」
 後から考えれば、素直で直截な、音也らしい告白だった。けれど、このときのトキヤには、そんな思考を働かせる余裕もない。あまりの直球さに、はぐらかしようもない、とトキヤは焦ってしまう。
 だからトキヤは、咄嗟に胸の高鳴りの理由をよく考える間もなく、音也の気持ちを駄目だと否定した。
 だってトキヤ達は今からアイドルデビューするのだ。そんな二人が恋人同士など、考えられない。
「何を……言っているんですか」
 トキヤは、きっと自分は今から酷いことを言うのだろうと漠然と考える。
「私たちはこれからアイドルデビューをするんですよ。アイドルに恋人など言語道断です」
「――それって俺とは付き合えないって意味?」
 音也が悄然と俯いて呟いている。
「あなたと、ではなく、アイドルが特定の一人とお付き合いなど、あり得ません」
「俺だから嫌なんじゃなくて、恋人を作るつもりがないってこと?」
 少し期待の籠もった目で、音也が顔を上げた。
「そうです」
 トキヤは力強く断言する。
「そう……」
 音也が何事か考え込んでしまう。
「あなたもこれからアイドルデビューする身。そんな世迷いごとは、アイドルとして大成してからか、引退してからになさい」
「そっか……」
 しばらく考え込んで、何を考えついたのか、悄然としていたはずの音也は、決然とトキヤを見つめてきた。
「じゃあ、俺はトキヤの一番の恋人候補、でいいよ」
「はい?」
 一番の恋人候補というのはどういう意味か。トキヤには理解不能だ。
「トキヤが認めてくれるように、俺、頑張る。トキヤがもう恋人を作ってもいいかな、って思う頃までには、俺もトキヤに認められるようになってる。だからそのとき真っ先に、俺のことを考えて」
 そういう意味かと、そのくらいならいいかと、そのときのトキヤは考えた。
「分かりました。では私がアイドルとして大成するまで、私たちは単なる友人兼ライバルです」


* * *


 あの告白以降、音也が恋愛感情を見せることも、そういう性的な接触をしてくることもなかったため、トキヤは当たり前のように音也を友人として扱っていた。あの告白を忘れているわけではなかったが、特に意識もしていなかった。
 それなのに何故、突然――。
「あんな歌聴かされて、我慢なんか出来ないよ」
 あんな歌、というのは先ほどトキヤが音也へ贈った歌のことか。
 トキヤは、あの歌のどこに、音也をこんな暴挙に走らせる部分があったのか、理解出来ない。
「本当に分からないの?」
 音也はそんなトキヤに不思議そうだ。
「無自覚って――タチが悪い……」
 脱力した音也が、トキヤへのし掛かって来た。
「音也! 重いですっ」
 幾ら水の中でも、水面から出ている部分は重い。しかもお湯で濡れた服は、べっとりと肌に張り付いてくる。
「まあいいや。トキヤ、俺もう我慢しないことにする」
 ざばりと音をさせながら立ち上がった音也は、トキヤを見下ろしながら宣言する。
「お前を絶対に俺の恋人にする」
 その表情は、出会った頃の子供っぽさを微塵も感じさせない、男らしいそれで。トキヤは胸がドキリと跳ねたのを感じた。
 そのまま浴槽から出た音也は、肌に張り付いた服を脱いでいく。
 露わになる逞しい背中や下半身に、トキヤの鼓動は何故か騒ぎ出す。そうしてついに露わになるそこに、トキヤは咄嗟に視線を反らしてしまった。一瞬見えた音也の性器は、なかば頭を擡げていたのだ。
 トキヤは、お湯のせいではない熱で、全身が熱くなっていくのを感じる。
 そこを隠すでなく、堂々と浴室から出て行く音也の気配に、トキヤは抱えた膝へ額を当てて、ひたすら気配が消えるのを待ち続けた。


 どのくらい風呂に入っていたのか。いつまでも入り続ける訳にもいかず、トキヤはノロノロと風呂から上がる。心ここにあらずでも、体はいつもの手順を覚えている。肌と髪の毛の手入れをしてから、トキヤはリビングへ足を踏み入れた。
 自分の部屋に帰っていてくれないか、という願いはやはり叶わない。音也はソファーに座って、トキヤが風呂から出てくるのを待っていた。
「お帰り」
 音也の声に、トキヤはビクリとなる。
「はい。お水」
 いつもトキヤが風呂上がりに飲むミネラルウォーターが、グラスへ用意されている。
 それを差し出され、トキヤは動くに動けず、その場に立ち尽くす。
「何もしないから」
 そう言って差し出されたそれに、トキヤはようやく動き出した。
 音也からグラスを受け取って、一気に飲み干してしまう。
 それを見た音也が、ポンポンと自分の横を叩くので、トキヤはストンとそこへ腰を下ろした。
「曲、ありがとう」
 そう言われて、トキヤはやっと音也と目を合わす。
「凄く嬉しかった」


(中略)

「トキヤ――」
 布団を捲ってトキヤが入ってくるのを待っている音也に、トキヤは少し躊躇する。先ほどの音也のアレを見たあとに一緒のベッドに眠る、というのは緊張する。
「いつもやってることじゃん」
 そういわれると確かに、昨日と今日で音也は何も変わっていない。そこにトキヤが体を横たえるのは、もう何度もやったことだ。
 トキヤは思いきるように、音也の待つベッドへ足を向けた。
 二人で布団にくるまって、お互いに天井を見詰める。
 隣に感じる体温に、トキヤはどうしてもチラチラと音也を見てしまう。
「あの、……大丈夫、ですか?」
 まだまだ性欲旺盛な十代の二人。先ほど勃起していた音也が、今こうして大人しく布団に入っているのが、トキヤにはちょっと信じられない。
「………〜〜」
 そんなトキヤに、音也が頭を抱えるように黙り込んだ。
「お前ね――」
 トキヤは何がまずかったか分からずに、音也の方を向く。
「そりゃ好きな奴が隣にいたら、欲情もするし勃起もするよ! でも、それで困るのはお前でしょ!!」
 その音也の叫びに、トキヤは見て見ぬ振りをするのが正解だったのだと、ようやく気が付く。
「すみません……あの、――その」
 トキヤの頭の中は、パニックになっていた。その上、性に奔放な人間の多い芸能界に、頭までどっぷりと浸かって育って、トキヤの常識はどこか世間からずれていた。
「手で! 手でなら手伝いますっ」
「――は!?」
 今度はトキヤの言葉に、音也の方が絶句する。
 トキヤも音也の反応に、何かまたまずいことを言ってしまったと、察することは出来た。
 実はトキヤの貞操観念で言えば、さすがに恋人でもない相手と、アナルセックスまでは論外だが、ペッティングくらいなら許容範囲だった。もちろん相手は嫌悪感を感じない人に限定されるけれど。
「あ、……手で不満なら、く――口、で。そのやったことはないので、上手くはないと思いますけど――」
 他人の性器など死んでも咥えたくないと思っていたけれど、音也のものなら出来そうな気がして、トキヤは言ってみる。
「――ちょっと待って……」
 何故か音也が地を這うような声を出した。
「トキヤにとって、セックスって何?」
 音也はわざわざ起き出して、ベッドの上に正座している。
 トキヤもその横で、横になっているのは居心地が悪く、音也の正面に膝を突き合わせて座った。
「性欲の発散と、コミュニケーションの手段ですが……」
 怪しい雲行きに、トキヤは音也の顔色を窺いながら、自身の認識を述べてみる。
「ちなみにトキヤは、誰かとセックスしたことはあるの?」
 その質問には、トキヤは力一杯否定する。
「ないです。年頃になってからは仕事と学業に追われて、そんな時間はありませんでした」
 その返答に、音也が安堵している。
「あのさ。キスもその先も、普通は恋人同士でしかしないの」
 音也の言葉にトキヤは目を見開く。
 ドラマの現場で、キスや肌をまさぐる程度の経験を普通にしてきたトキヤは、芸能界ではその程度、恋人でなくても当たり前だと思っていた。
 だから同じ芸能界にいる音也も、同じ物差しを持っていると思い込んでいた。しかしよくよく考えれば、音也は三年前までは普通の少年だったのだ。芸能界の常識で測れるわけがない。
「だから、仕事以外でそんなことしたら、俺は許さない」
 音也にそう言われて、トキヤは素直に頷く。別にしたいと思っている訳ではないので、音也が嫌がるなら、わざわざそんな経験をすることもない。
「こんなこと、誰かにされたら嫌でしょう」
 音也がいきなり抱きついてきて、パジャマの裾から手を入れられる。そのまま、音也の手の平は背中を這っていく。
「ひゃっ」
 腰のくぼみに沿って、下に降りていく手に、トキヤは思ってもみない甲高い声が出てしまい、咄嗟に両手で口を覆っていた。
 まるでその円みを楽しむように、尻を音也の両手がサワサワと撫でている。
 その感触に、トキヤは内股がピクピクと反応するのを感じた。じんわりと股間に湿り気が滲んでいる。
 なるべく音也に気が付かれないように、トキヤはもぞりと内股を擦り合わせた。けれどそれは逆効果で。
「感じてるの? トキヤ」
 音也の右手がズボンの中から抜かれて、股間部分に当てられてしまう。
「可愛い」
 そんな不穏の言葉とともに、股間に置かれた音也の手が、やわやわと動き始めた。
「やめっ!」
 トキヤは慌てて音也へ静止の声を上げる。
 先ほど音也は、恋人同士でなければこういうことをしないと言ったばかりではないか。
「可愛いトキヤが悪い」

  (後略)


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