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Happy!

※注意
音也が女性と付き合っていた描写があります。あわせて音也の父親についてのネタバレもありますので、苦手な方は回避ください。

「ST☆RISHの来栖翔と」
「一十木音也です!」
「わ〜パチパチパチ」

 深夜の車の中、一ノ瀬トキヤはラジオの音に耳を澄ます。

「はい。今日から始まりましたST☆RISHのラジオ番組」
「冠番組は七年ぶり?」
「そうそう。デビュー三年目にやってた番組以来だな。っていっても、今回はメンバーの中から一〜三人程度が交代でパーソナリティを務めていくから、全員は揃わないんだけどさ」
「残念だけど仕方ないよね。テレビの週一回一時間の番組でさえ、一ヶ月とか二ヶ月分とか録り貯めて、やっと放送しているんだもん」
「個々の仕事がそれだけ入っているってことで、ありがたい話なんだけど、一ヶ月も二ヶ月もあってねぇと少し寂しいぜ」
「俺、トキヤと三週間会ってない」
「映画のロケで地方に行きっぱなしだっけ」
「うん。そう。トキヤ、集中するとそれ以外目に入らなくなる所あるし」
「まあ、あいつはそういうところ全然変わらねぇよな。――あと、レンが今海外か?」
「昨日メール来てた!イタリアにいるって」
「向こうのコレクションに出るのに、前後で海外ロケ詰め込んだってマネージャーが言ってたから、しばらく帰ってこねぇんじゃねえの」
「ふ〜〜ん。じゃあ来週は誰が担当するんだろう」
「スケジュールが空いている奴が来るから、都内にいるメンバーの誰かだな。……と言うことで、ほぼ見切り発車で始まったラジオですが、皆さんに楽しんでもらえるように頑張りますので、よろしくお願いします」
「翔。――カンペ丸読み!」
「うるせぇ!」

 スポンサーの名前が音楽にのって流れてくる。
 自由な二人の様子に、トキヤは額を押さえる。

「はい。仕切り直して」
「質問コーナー!」
「視聴者からきたメールでの質問に、そのときのパーソナリティが独断と偏見で回答するコーナーです」
「独断と偏見って?」
「この番組、ほぼ生放送。一応、放送事故のために三十分前から収録を開始して、基本的には放送時間と同じ時間で収録を終わらせるようになってる」
「うんうん。俺達の時計、今、九時半過ぎだもんね」
「だから、よっぽどのことがない限り、編集が入らない。――ってことは、回答の内容も俺らの裁量に任されている」
「へ――」
「当日まで誰がパーソナリティを務めるか、わからない中くる質問だぞ。たとえばレン宛の質問が俺らにくる可能性だってある。それを勝手に答えちまっていいってこと」
「面白そうだね」
「俺には不安しか感じられないけどな……。那月の回とかどうすんだ、これ」
「まあまあ、翔。――とりあえず、一個質問見てみようよ」
「そうだな。あ、番組ホームページでは来週以降の質問も募集していますので、お気軽にメールください。アドレスはhttp……。――で、決まったか?音也」
「これは?」
「あーこれ答えて大丈夫か?――え、OK?……マネージャーからOK出たので答えます」
「ST☆RISHの皆さんはよくお互いの自宅を行き来しているようですが近くに住まれているのですか?東京都……さんからだね」
「これはだな。俺らいまだに事務所の寮に住んでるんだな」
「事務所からはそろそろ出て行けって言われてるんだけどね」
「俺らがいるとその分後輩が入れないのはわかるんだけどよ」
「そーだけどさ。物件探す時間もないよ」
「お。音也は出て行く気はあるんだ」
「そろそろ独り立ちしないとなとは思ってるよ。でもやっぱりみんなと離れるのはいやかなぁ……」
「もう十年以上一緒にいると、やっぱなかなか難しいぜ。それに一緒の寮にいるから何とか打ち合わせや練習が出来てるけど、これで全員がバラバラのところに住んでたら、どうやって時間を捻出するんだって話もあるしな……」
「そうそう。歌うために集まったグループなのに、新曲の発表が出来ないって笑えない――」

「一ノ瀬さん?」
 運転席に座るマネージャーから声を掛けられて、トキヤは顔を上げた。
「休まれるのでしたら、ラジオは消しましょうか?」
「いえ。このままでお願いします」
 トキヤは即答する。
 確かにラジオから流れてくる会話は騒がしいけれど、それがメンバーの声だと言うだけで、トキヤにとって心地よい音になる。
 連日の撮影は思った以上に過酷で、トキヤの負担になっていた。ロケということは、どうしても天候に左右される。限りある予算の中で撮影する関係上、撮れるときにどんどん撮っていくため、撮影順はバラバラだ。トキヤはそれでも戸惑いなく撮影に臨めるのだが、キャリアの浅い共演者がNGをどうしても出してしまう。そうすると撮影に時間が掛かって、その分休む時間が削られていく。そんな日々が続くと、どうしても精神的にも肉体的にも負荷が掛かる。そうしてその合間に入ってくる、レギュラー番組の撮影。
 今も単独で出演しているレギュラー番組の撮影のためテレビ局へ赴き、ロケ地へとんぼ返りしている最中だ。さすがのトキヤも疲れ切っていた。

「今日はどうもありがとう!」
「最後まで聞いてくれて嬉しいぜ。来週もよかったら聴いてくれ」
「おやすみ」
「またな」

 うとうととしながら聴いていたラジオの時間が終わる。最後にST☆RISHの曲が流れている。
 最後の一音まで聴き終えたトキヤは、フッと眠りに落ちた。


「やあ。イッチー」
 突然ロケ地に現れたレンに、トキヤは驚いてしまった。
「どうしたんですか?」
 小走りにレンへ近づいていく。
「海外ロケが終わって、日本に戻ってきたところさ。帰国日はオフだっていうから、陣中見舞い」
 レンがウインクとともに掲げて見せた箱は、有名店の菓子の箱だ。
 女性や子供が好みそうなそれに、トキヤは苦笑する。
「お酒も持ってきたから、ホテルででも飲んで」
 レンはこういうところは外さない。
「ありがとうございます」
「撮影は順調?」
 トキヤとレンは並んで撮影現場を眺める。トキヤはちょうど待ち時間だ。
「ええ――なんとか」
 実際想定内の遅れ具合というところだ。
「よかった。この前のイッキとおちびちゃんのラジオはイッチーは聴いたの?」
「ええ。ちょうど車で移動中だったので、車内で聴きました」
「じゃあ、話は早い。どうもあれからまた事務所から、そろそろ出て行ってくれって話が出ているらしい。何なら物件も探してくれるって言っているらしくて、イッキから泣きつかれちゃってね」
「事務所からしてみれば、そうでしょうね」
 トキヤは溜息を吐く。あの寮はデビュー間もない所属アイドルが暮らすための施設で、デビュー十年目の人気アイドルが暮らす場所ではない。
「で、だ。今、うちと聖川のところで建てているマンションがあるんだけど、そこのワンフロアをオレたちで所有しないかい?」
「――は?」
 あまりに突飛な話に、トキヤは絶句してしまう。
「すでに建設中だから、あまり融通は利かないけど、ワンフロアに七戸とレッスン室とレコーディング室は用意出来るらしい。エレベーターを降りたところで、ゲートを作ればセキュリティも高くなる。イッチーはどう思う?」
 次々に進んでいくレンの話に、トキヤはついていけない。
「ちょっと待ってください。――それはマンションを七人で買おう、ということですか?」
「そんなところかな」
 小首を傾げられても、レンでは可愛くない。
「それだけの設備を揃えたら、一体幾らするんですか。とてもじゃないですが、買えません」
 事務所に所属しているといっても、ほぼ自由業な職業だ。ローンの審査だって通るかわからない。
「そんなに高くないから大丈夫」
 トキヤはレンへ胡乱な視線を向ける。レンとトキヤでは金銭感覚が天と地ほど違う。レンの高くないなど信用できない。
「具体的にいくらなんです」
「値引き入れて九千万円」
 ほら高くないでしょというレンの表情にイラッとする。
「却下です」
 ええっと驚いた顔をしても駄目だ。
「どこからそんなお金が出てくるんです。七人で六億以上って、それだけあれば小さな賃貸マンションが一棟建つじゃないですか」
「都心部で、テレビ局からも近くて、スーパーもある。広さもそこそこは確保出来るし、聖川も結構乗り気。資金に関しては、ボスが低金利で貸してもいいって言ってくれている」
「それに、そんな内装で作ったら、私たち以外が住めないですよね。結婚などで引っ越しをしたら空き家になります。どう考えても無駄でしょう」
 トキヤの素っ気ない物言いに、レンが肩を竦める。
「もう少し考える時間があるから、今度集まるときに皆で相談しようか」
 この場でのトキヤの説得は不可能と思ったのか、レンがこの話題にそれ以上触れることはなかった。


 トキヤの長かったロケもようやく終わり、関東へ戻ることになった。
「一ノ瀬さん。お疲れさまです」
 空港へ向かう車の中、マネージャーから労いの声が掛かる。
「マネージャーもお疲れさまです」
 マネージャーも東京と行き来をしながら、基本的にトキヤに付いていてくれて、大変だったはずだ。
「いえ。今日もお休みに出来なくてすみません」
 今日は空港からテレビ局へ直行する予定になっている。
「ひさしぶりにメンバーが揃うんです。構いませんよ」
 約一ヶ月ぶりにST☆RISH七人が揃う予定だ。東京へ戻ったトキヤには、冠番組の収録が待っている。
 七人の顔を見れば、この疲れもどこかへいってしまうはずだ。
「ST☆RISHの皆さんは文句も言わずにお仕事をしていただけるので助かります」
 ST☆RISHのサブマネは、シャイニング事務所に入社する前は別の事務所でマネージャーをしていたらしい。シャイニング事務所はやる気のない人間は残っていけないところなため、そんな人間は一人もいないけれど、他の事務所はいやいや仕事をしているタレントもいるようで。そんな過去が思い出されるのか、マネージャーは苦笑している。
「うちは社長に鍛えられていますからね」
 事務所一の問題児ともいえるシャイニング早乙女の姿が、トキヤの脳裏に浮かんだ。取締役兼タレントの日向龍也がいつも頭を抱えている。
「あはは!そうですね。あの破天荒さは誰もまね出来ません」
「自分では所属タレントを谷底に突き落とすくせに、外敵からは全力で守ってくれる。そんなところに皆騙されるんですよ」
 憎めないキャラクターだ。
 トキヤも苦笑しながら、鞄から台本を取り出す。昨日ホテルに届いた、今日の収録のための台本だ。四週分のそれは結構厚い。以前は一週分ごとに製本されていた台本も、最近は諦めているのか、撮影日でひとくくりにされている。
 現場ではリハのあと、すぐに本番だ。この時間に頭に入れなければ、現場でさらう時間がない。それを察したマネージャーも口を閉じる。
 エンジン音だけが響く車中で、トキヤは台本にひたすら集中した。


「一ノ瀬トキヤさん入りま――す」
 楽屋でメイクと着替えをしながら、他のメンバーはもうスタジオに揃っていると聞いていた。その言葉通り、トキヤ以外のメンバーはすでにスタジオにいた。
「遅くなりました。……おはようございます。今日はよろしくお願いします」
 スタッフに挨拶をしながら、メンバーの元へ向かう。
「トキヤ!」
 椅子に座って六人で丸くなっていたメンバーの中から、音也が立ち上がって駆け寄って来た。
「お待たせしました」
「元気だった?――少しやせた?」
 ギュッと抱きついてきた音也が眉を顰める。
「ちょっと肉付きが悪くなってない?――イタタタ!」
 碌でもでもないことを言う音也の腕を、トキヤは抓り上げる。
 ロケ中はやはり少し体重が落ちてしまっている。けれど若干の誤差の範囲だ。それに元々トキヤの体には贅肉など付いていない。
「イッチー……じゃれるのもその辺にしてリハをしよう」
 そんな二人にレンが近づいて来て、周囲にちらっと視線を走らせる。
 数年来の番組で気心の知れたスタッフが多いと言っても、待たせてしまうのはまずい。ただでさえトキヤの入り待ちだったのだから、これ以上は収録後にすればいいのだ。
「そうですね。――音也、何をしているんです」
 音也の腕から抜け出して、トキヤはセットへ向かう。その際、いまだに動かない音也へ、トキヤは冷たく声を掛けた。
「も〜う!トキヤっ」
 そんなトキヤへ、頬を膨らませた音也が駆け寄ってくる。二十歳を過ぎてもそんな表情が似合う音也に、トキヤは思わず苦笑してしまう。
「あなた、それ子供っぽいですよ」
 出会った頃に比べたら、胸板も厚くなり体つきもがっしりした。世間では格好いい、頼りになる、彼氏にしたい、と騒がれている。それなのに、音也はときおり子供みたいな表情を見せる。
「――いーの」
 ごく自然にトキヤの腕を掴んだ音也は、率先してセットへ歩き始めた。

(中略)

 ひさしぶりに入る音也の部屋は、全く生活感がない。モデルルームのように整えられた部屋は、少しほこりっぽい。
 リビングまで引っ張って行かれたトキヤは、ソファーに腰を下ろす。
「はい」
 目の前に置かれたのはミネラルウォーターのペットボトルだ。
「で、話ってなに?」
 自分もミネラルウォーターのボトルを持った音也が、ドサリとソファーへ腰掛ける。トキヤと真向かいになる位置だ。
「……今、恋人がいたんですね」
 トキヤは迷いに迷って音也へそう尋ねた。
「いや。いないよ」
 清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟で訊いた質問だったのに、音也にあっさりと否定される。
「でも、今から女性と会う約束だったのでは?」
 こんな時間から会うような女性。恋人しか考えられない。
「単なるセフレ」
 さらっと告げられた言葉に、トキヤは硬直してしまう。セフレ、の意味は知っている。けれどそれと音也のイメージが重ならない。
「そんなに驚くこと?俺もそれなりの年だから性欲はあるし、本命と出来ないんだから適当に発散するしかないじゃん」
 音也の本命と言う言葉に、トキヤはやっぱりと胸中で呟いた。今の音也にはちゃんと思う相手がいるのだ。
 ならば本命がいればこそ、セフレなど不健全だ。トキヤはそう音也へ主張しようとした。
「そ、……その本命、がいるのに――」
 そのとき……。
「ダン――ッ!!」
 音也が目の前のテーブルをいきなり蹴りつけた。
「ねえ、トキヤ。それをお前が言うの?」
「音也……」
 あまりの乱暴な仕草に、トキヤは驚きで目を見開いて固まってしまう。
「俺の気持ち、知ってて。それをお前が言うの?」
 音也がテーブルを乗り越えて、トキヤの目の前に立つ。上から見下ろされたトキヤは、ただ音也を見上げるしかできない。
 トキヤは音也のガーネットの中に、怒りの炎を見た。
「本命がいるのに、セフレがいるのが信じられない?本命と付き合えばいいとか言わないよね?」
「あ……」
 トキヤはいまだ嘗て、こんなに怒った音也を見たことがない。
「じゃあ、トキヤやらせてくれるの?俺がやりたいって言ったら、脚を開いて俺のちんこ尻に突っ込ませてくれるの?」
 ジリジリと音也が近づいてくる。気が付いたらソファーの背もたれに手を突いた音也の腕の中に、トキヤは囲われていた。
「っ!!」
 音也が顔を伏せたかと思ったら、肩口に激痛が走る。キスマークなんて優しい物ではない。噛み跡がトキヤの肩へ付いている。
 そのまま音也はトキヤの前開きのシャツを噛み締めて、左右に力一杯引っ張った。
 ボタンが四方へ飛び散っていく。
「音也……っ」
 突然の事態に、トキヤの思考はついていかない。これから自身が何をされようとしているのかも、理解出来ていなかった。
「やめ……っ」
 気が付いたらトキヤのベルトがしゅるりと引き抜かれている。パンツのボタンを外されたかと思ったら、強引に下着もろとも引き摺り下ろされてしまった。
 トキヤはようやく事態が飲み込めてきた。
「止めてください!――音也っ」
 トキヤは悲鳴のような声で音也を静止する。怒りに駆られて、まるで屈服させられるように、こんなことされたくない。
「――ひっ」
 それなのに、いつの間にかベルトを弛めて逸物を取り出していた音也が、トキヤの尻にそれを押し当ててきた。
「いや――やめっ!!」
 何の準備もなしにそんなこと。トキヤは恐怖で戦いた。
「音也!!」
 トキヤはあまりの恐怖にギュッと目を瞑る。尻の狭間に音也のものの先端が当たっている。トキヤは無理矢理挿入されるのだと覚悟した。
 しかし、何も起らない。不審に思ったトキヤはそろそろと目を開けてみる。
 今にも泣きそうな音也の表情が目に入ってきた。
「おとや……」
 トキヤは無意識に音也の名前を呼んでいた。
 音也がソファーに座ったトキヤの肩口へ顔を埋める。
「――ッ」
 辛うじて引っかかっているシャツが、ジワリと濡れていく。それで音也が泣いていることを、トキヤは知った。
「音也?」
 トキヤは今まで音也が泣いているのを見たことがない。これが初めてのことで、どうすればいいのかわからない。
「トキヤ……。頼むから俺を否定しないで」
 信じられないくらいか細い声が聞こえてくる。
「やらせて何て言わないから、ずっと一緒にいよう。俺はトキヤだけでいい」
 トキヤの横で音也の手が握り締められている。
 まるで歯を食いしばるように泣く音也に、トキヤの手が惑う。抱き締めればいいのか、ただ受け入れればいいのか。トキヤは逡巡した。
 ここまでされれば、トキヤだって音也の気持ちがわかる。冷静に考えれば、単なる性欲処理にグループメンバーを襲うなど、愚の骨頂だ。
 音也は十年前と同じ、今もトキヤを……。
「音也」
 トキヤは覚悟を決めて両手で音也を抱き締める。小刻みに震えているその肩を撫でて、赤い頭を包み込む。
 音也の手を取ってしまえば、もう後戻りは出来ない。それでも、十年消えなかったトキヤの思いが、音也へ向かって両手を伸ばしている。
「私はあなたを愛しています」
 音也の震えが止まる。
 トキヤは愛しげに音也の髪の毛を撫でて、大事に大事に気持ちを告げる。
「恋愛の意味で、あなたを十年間好きでした」
「え……」
 呆然とした表情の音也が、顔を上げる。間抜けなその表情さえ、トキヤは愛しい。
「好きだからこそ、音也には世間一般的な幸せを手にして欲しい。そう思っていたんです」
 音也の目尻に浮かんだ涙を、トキヤは親指で拭う。
「そんな……」
 突然のことに理解が追いつかないのか、音也は信じられないと呟いた。
「これでも信じられませんか」
 トキヤは音也の唇に、自身のそれを重ね合わせた。
 キスは芝居では何度も経験している。でも、プライベートでは、トキヤにとってこれがファーストキスだった。
 意を決して舌を出す。音也の唇の間に差し込むようにすると、トキヤの舌は音也の舌へ絡め取られた。
「――ぅっ」
 逆に音也の舌がトキヤの咥内へ入ってくる。
 絡まる舌の感触に、トキヤは下半身が疼くのを感じた。
「――んぁっ」
 音也の方が手慣れているのか、トキヤは音也のされるがまま、ただ翻弄されてしまった。
 音也の手の平が胸に伸ばされる。普段は意識することのない乳首をグリグリと刺激されて、トキヤは身を捩った。
「トキヤ?」
 その様子に、音也が一旦キスを止める。
 トキヤは視界に入ったシャツを引き寄せて、胸元を隠してしまった。視線も音也と会わせられない。
「やっぱり嫌なの」
 その様子をみた音也の声のトーンが下がる。
 それにトキヤは慌てて首を振る。嫌とかではない。でも。
「はっ……恥ずかしいんです!こんなこと誰ともしたことがないので……っ」
 最後にはあんなところに音也のものを挿入するなど、考えただけでトキヤの頭はオーバーヒートする。
 一方、トキヤの主張に音也は呆然としてしまう。
「え……トキヤまさか童貞?」
 そんな音也の疑問に、トキヤの顔は真っ赤に染まった。
「わ――ッ悪いですか!好きでもないのに、セックスなど。そんな不誠実なこと出来ません!!」
「ううん!悪くない!全く、全然。悪くない」
 音也の表情が喜色に輝いた。そうしてギュッと抱きついてきたかと思ったら、トキヤを両手で抱えてベッドへ運び出す。
「音也!?」
 驚いたトキヤが音也の名前を呼ぶ。
「初めてなら、ちゃんとベッドでしよう」
 そんな風に言われて、トキヤは赤面して俯くしかできない。そんなことをしていたら、あっと言う間に危なげない足取りで、音也のベッドへ連れて行かれてしまった。
 そうして皺一つないベッドへそっと下ろされる。
 抱き締めていたシャツは音也に奪われた。ほぼ全裸だったトキヤは、辛うじて引っかかっていたズボンと下着も剥ぎ取られ、その裸体を音也の前に晒す。
「トキヤ」
 まるで眩しいものを見るように目を細めた音也が、先ほど噛み跡を残した肩口へ、唇をつけた。
(後略)




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