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早乙女学園へようこそ


 一ノ瀬トキヤが一十木音也に初めて会ったのは、早乙女学園の入寮のためのオリエンテーションだった。
 早乙女学園は、トキヤ達のような人外のモノが集まる学園だ。本性は獣であるトキヤ達は、普段はヒトに紛れて生活し、一族単位でコミュニティーを形成している。ヒトより強い種族のトキヤ達は、逆に絶対的な個体数が少なく、日常生活で同族に出会う確率は極めて低い。そのため、繁殖のためのパートナーを見つける場として、種族のモノたちによって早乙女学園が設立された。
 適齢期とされる一五歳から二十歳の間の一年間、必ず早乙女学園に在籍して、パートナーを見つける。そうして学園を卒業して初めて、一族の成人とみなされる。
 十六歳のトキヤはこれから過ごす一年間に期待と不安を抱いていた。一年後、一族に認められるパートナーと一緒に卒業できるのか。固い決意を抱いていても、不安はなくならない。
 
 
 猫族であるトキヤは双子だった。姿形がそっくりの、双子の兄のハヤトがいる。けれど、同じ年であるはずの兄はすでに学園を卒業していた。
 トキヤの双子の兄であるハヤトは、一族から期待され幼いころに決められた婚約者に合わせて、特例で一年前にすでに早乙女学園を卒業している。両親や親族に期待され可愛がられるハヤトとは逆に、トキヤは一族ではみそっかすだった。全く期待されず、いくらハヤトより勉学に励んでも、愛嬌のない無愛想なトキヤは、猫族として落伍者のレッテルさえ張られていた。
 猫族は、人外の種族の中でのヒエラルヒーは高くないが、その美しい容姿で周囲を翻弄する性格で、他の一族からも人気が高かった。猫族から嫁を貰うというのは、一種のステータスでもある。
 だからこそ、周囲に愛想を振りまけないトキヤは,一族内では異端であり、落伍者として見放されていた。
 そんな環境でも、生真面目で負けず嫌いな性格と高いプライドで、トキヤは決して下を向いて生きていくことを、自分によしとしていなかった。
 
 
 生来内向的な性格のトキヤは、一族以外のモノに出会うことがなかった。そのため、早乙女学園の入学前の説明会が、親戚以外での他の種族との初めての出会いだった。
 その時に出会った兎族の来栖翔の姿を、オリエンテーションの集合場所で遠目に見つけ、トキヤは近づいていく。
 けれど聞こえてきた会話に足を止めた。
 翔の隣には赤髪の、少年らしさを残した青年がいた。
「神経質だから気をつけた方がいいぜ……」
 翔は赤髪の青年に、どうやらトキヤのことを話しているようだった。
 相手のことを「音也」と呼んでいる所を見ると、翔の話し相手は、これからトキヤと同室になる「一十木音也」で間違いない。
 初対面の挨拶を済ませていない同室者に、自分のことをペラペラと話されている現状に、トキヤは不快感を覚えた。
 トキヤは翔の背後に立ち、怒気を滲ませて話しかける。
「誰が神経質ですか」
 トキヤが発した声に、噂をしていた翔が大げさに驚いて振り返った。
「お前いつから!?」
 翔の慌て振りは大げさなくらいだった。
「トキヤと同室なんじゃなかったっけ、と貴方が言ったあたりからです」
 二人に呆れを滲ませた声で、トキヤは続ける。
「まったく。本人のいないことをいいことに。だいたい貴方に私の何が分かると言うのですか!」
 会ったこともない同室者に、勝手に自分のことを「神経質」などと評する翔に、トキヤは怒気を強める。
 これから一年間、一緒に生活する相手に、会う前からネガティブな先入観を与えてどういうつもりなのか。
 ここは将来のパートナーを見つける場なのだ。そんな場での仕打ちに、トキヤの苛々は募る。
「ゴメン……」
 トキヤの言葉に少しへこんだ翔の様子に、トキヤも翔に悪気がなかったことを知る。翔の反省した様子に、怒りを持続させられずに、トキヤも引き下がった。
 そんなやりとりをしていると、隣から「なるほどね」と呟きながらの笑い声が聞こえてきた。
「なにがなるほどなんですか」
 トキヤは同室者だろう音也を睨む。
「確かに神経質そうだなぁ〜と思って」
 トキヤはその脳天気な様子に、眉間に皺を寄せた。
 そんな些細なことが気になるトキヤは、確かに神経質だった。
「俺って結構おおらかだからさ」
 自分とは相反する性格をしていそうな音也の言動に、トキヤはこれからの生活の不安を覚えた。
「おおらかですか。ものは言いようですね」
 トキヤは呆れたように溜息を吐いた。
 
 
 翔と音也以外にも、虎族の神宮司レンが一緒のオリエンテーションのメンバーにいた。そして翔の同室者となる四ノ宮那月。
 那月を見たとき、トキヤは息を飲んだ。それはハヤトのパートナーの四ノ宮砂月の双子の片割れだった。過去に一度だけ挨拶をしたことがあった那月に、トキヤは丁寧に挨拶をする。
「四ノ宮那月さんですね。いつも兄がお世話になっています」
 これ以上ないくらい頭を下げる。
「ハヤト君の弟さんですね〜。トキヤ君ですかぁ……かわいぃ〜!」
「那月ッ!」
 トキヤにいきなり抱きつこうとした那月を、翔が慌てて止める。
「お前の馬鹿力で抱きついたら、トキヤが潰れるだろうが!!」
「え〜〜」
 翔の制止に那月は不満を現しながらも、渋々両腕を引っ込める。
「一十木の同室の一ノ瀬か?私は聖川真斗という。これからよろしく頼む」
 そんな中ひょっこりと顔を出した真斗にトキヤも丁寧に挨拶をする。
「一ノ瀬トキヤといいます。これからよろしくお願いします」
「ああ」
 聖川の名前に、トキヤは彼がと内心思った。豹族の跡取りであり、表社会では聖川財閥の御曹司。
 早乙女学園でなければ、出会うこともない立場の人間だった。
 
 
 その日のオリエンテーションの参加者は六人だった。案内された寮の設備に皆で感心しながら歩き回り、ようやく案内が終わり、寮の個室に足を踏み入れる。
 事前のアンケートで答えていた希望の内装と、真っ二つに別れたテイストに、感嘆の声を二人は漏らしてしまう。
 壁紙も何もかもが縦一直線に分断され、変なところで拘りを見せる学園に、一抹の不安がトキヤの心に過ぎった。
「すっげ〜」
 オリエンテーションから必然的に一緒に行動している音也が、トキヤの横で驚きの声を上げる。
「わあ〜ギターもあるッ」
 内装にはしゃぐ音也の騒がしい様子に、トキヤの我慢の限界値へ向けて、怒りのメモリがどんどん上昇していく。
 トキヤは本来物静かな状態を好む。外ではしゃぐより、家の中で静かに読書をしたい派だった。
 反対に音也は、体を動かすのが好きで、一つ所にじっとしていられない。
 相反する二人の共同生活は、始まっていないのに、暗礁に乗り出そうとしていた。
 
(中略)
 
「音也…貴方……ッ」
 ようやく生活も落ち着いてきた頃、風呂上がりにくつろいでいる音也の様子に、トキヤは驚きの声を上げてしまう。
 普段本性を隠して生活しているトキヤ達だったが、本当にくつろぎたいときや、気を抜いたときなどは、本性の一部が現れてしまうことがあった。
 音也の頭と尻からは、赤毛の立派な耳と尻尾が出ていた。それは、犬と言うよりはまるで狼。
「貴方、狼族だったんですか!?」
 犬系の種族だと思っていたトキヤは、まさかの音也の正体に心底驚いてしまった。狼族といえば、一族の中でもヒエラルヒーの上位に属する種族だった。
「そうだよ」
 あっさりと頷く音也の様子は、音也にとってそれが本当に大したことではないのだと現していた。
 幼い頃に親と死に別れ、一人で生きてきた音也にとって、種族の概念は薄かった。本来群れで生活する狼族が孤独に生きてきたのだ。まさしく、孤高の存在だった。
「トキヤは猫族だったよね」
「ええ」
 トキヤの種族は良くも悪くも中流階級だ。奔放で見目麗しいものが多いおかげで、パートナーとしての人気は悪くない。だから、結婚も早い。あえて結婚しないのは、それこそ奔放に恋を楽しみたいモノ達だった。
「もう相手は決まってるの?」
 音也は緊張を内包してトキヤに問いかけた。
 この学園でトキヤと過ごして、音也はトキヤに惹かれていた。何だかんだ言って、食事を用意してくれて、部屋の環境を整えてくれて、音也にとっての非日常だったものを、トキヤが与えてくれた。
 あたたかい寝床とおいしい食事。求めることも諦めていたものだった。
 口では可愛くないことを言うけれど、トキヤの不器用な優しさは、音也が求めていたものだ。
 いつしかトキヤと結婚したいと思うようになっていたけれど、なかなか自分のことを話したがらないトキヤに、パートナーが決まっているのかさえ、音也は知らなかった。
「いえ……」
 音也はトキヤのその返事に、内心歓喜した。自分にもチャンスがある。そうと分かれば、行動あるのみだった。
 トキヤは音也に答えながら、思考の海に沈む。早いものはシーズンを迎えて、パートナーを定めていた。けれど、トキヤは親しい間柄の人間も、ほとんどいない。
 早く相手を見つけなければという焦りだけが募っていく。
「種族に拘りがあったりするの?」
 意外と種族の問題はデリケートだった。トキヤみたいにパーソナルスペースが狭い相手だと、同じ猫族以外は問題外な可能性もあった。
「特には……」
 トキヤの中の基準は、ハヤトに負けたくないという事だけだ。音也の問いにトキヤは首を振る。
「ねぇ?じゃあ、俺とか考えてみてよ」
 音也はベッドから素早く立ち上がり、背後からトキヤを抱きしめる。
「は?」
 トキヤは一瞬音也に何を言われたのか理解出来なかった。けれど、音也に力強い腕で抱きしめられ、告げられた言葉を理解した途端、トキヤは硬直してしまう。
「ね?」
「……ッ」
 トキヤを抱きしめた音也から、雄のにおいが立ち上る。
 トキヤはそれにあてられ、真っ赤になってしまう。
 まだ分化の方向性を定めていないトキヤは、音也のフェロモンにあてられて、無意識に引きずらてしまう。
「そ……ッ!貴方なんか、落ち着きなくて五月蠅いですし、私の好みじゃありません!!」
 熱くなった顔に、トキヤは慌てて音也を押しのけて、自分のスペースに避難する。
「トキヤぁ……」
 トキヤに逃げられた音也は、勝手にパートナーと定めた相手に無理強い出来ずに、自分のスペースから情けなくトキヤの名前を呟いた。
「そんな声を出しても知りませんッ!!」
 バクバクと五月蠅い心臓を抱えて、トキヤは音也の視線を遮るように布団に潜り込む。
 トキヤは今までこれっぽっちも、全く音也なんて眼中になかった。放っておくと不健康な食生活をする音也を叱りつけ、自分の食事を分け与えたり、部屋を散らかす音也に苛々して叱ったりしていたけれど、それに好意なんてこれっぽっちも入っていなかった。
 いつも口うるさい自分が、音也から好意を寄せられる理由も解らなかった。
 その日トキヤはまともに音也を見ることが出来ずに、そのまま就寝してしまった。
 
(中略)
 
 トキヤが教室に入ってきたのを見た瞬間、レンは眉を顰めた。
「イッチー。今日は早退した方がいい」
 レンの言葉に、トキヤはレンの方を見る。その目元は赤く潤んでおり、雄の欲を誘うものだった。
 けれど、トキヤ本人はそのことに気付いていない。
「何を言っているんです?具合も悪くないのに、そんなこと出来ません」
 トキヤの無自覚さにレンは内心舌打ちする。
「顔が赤い。いいから今日は部屋で大人しくしておくんだ」
 言っても聞きそうにないトキヤの様子に、レンは強引な行動に出た。
「なッ!何をするんです!?」
 レンの肩に担がれたトキヤは抵抗する。
 その様子を見ていたクラスメイトがざわめいた。
「レン!?」
 驚いた翔の声が掛かり、レンは翔に指示を飛ばした。
「おチビちゃん。イッキにイッチーの具合が悪いから、寮に戻るよう伝えてくれ」
「お……おう!」
 事態が飲み込めないまま頷いた翔は、隣のクラスへ向かった。
「音也っ!」
「翔?」
 クラスメイトと話をしていた音也は、他クラスの友人の声に振り向いた。
「トキヤが具合が悪いらしくて、レンが寮に連れて行っているから、お前、面倒見てやれよ」
「ぇえ!?ト…トキヤがッ」
 翔の言葉に慌てた音也は、もう誰の声も耳に入らずに、教室を飛び出していた。
 走り出した音也の視界の先には、レンの背中が見える。肩に担がれているのがトキヤか。
「トキヤッ!」
 ビュンと風の音をさせながら、レンを追い越した音也は、レンの肩のトキヤを無理矢理レンから奪い去る。
「トキヤ、大丈夫?」
 音也は覗き込んだトキヤの表情に、全身の毛が逆立つのを感じた。
「こんな状態のイッチーを放置するなんて、イッキは何を考えているんだい」
 音也はようやくトキヤがどんな状態なのか気が付いた。
――シーズン。
 気付いた途端、周囲の視線からトキヤを隠すため、音也は両腕を広げていた。けれど、音也より身長の高いトキヤが、それで隠れるはずがない。
「早く、寮に戻った方がいいんじゃないかい?」
「レン!」
 状況が分かっていないトキヤは、再度レンに抗議の声を上げるが、レンに言われるまでもなく、音也は強引にトキヤを抱き上げた。
「お…音也!?あ、貴方も何をッ!!」
 焦ったトキヤは音也にも抗議するが、音也はそれを無視して、トキヤを抱き上げたまま走り出した。
「喋ったり暴れたら怪我するよッ」
 不安定な状況に、ただ固まるしか出来ないトキヤは、あっと言う間に寮に連れ帰られてしまった。
 
 
「授業もあるのに、何を考えているんですか!?」
 ようやく寮の部屋に落ち着いたトキヤは、開口一番音也を叱りつける。
「だって……」
 無自覚のトキヤの様子に、音也は不満を感じてしまう。
「正当な理由がないのに、授業を休むなんて言語道断ですッ!」
 頭ごなしのトキヤの叱責に、音也はだんだんむかついてきた。
 普通はシーズンに入ったら、授業を休んで、あまり人目につかないようにするのが、一般的だった。それなのに、トキヤはそれさえ自覚せずに、普通に授業を受けようとしている。
 無自覚もここまで来ると犯罪だった。
「こんなに瞳をうるうるさせて、授業に出るなんて、襲ってくださいって言ってるようなものだよッ!」
 無自覚なトキヤにぶち切れた音也は、トキヤを自分のベッドに突き飛ばして、上にのし掛かった。
「何をッ!?」
 いまだに現状を認識出来ていないトキヤは、音也の暴挙に声を上げる。
「雌のにおいがする」
 トキヤから立ち上った香りに、音也は息を吸い込む。
「お前、今シーズンに入ってるんだよ?」
「え……」
「いい加減、自覚してよ」
 心当たりもなかったトキヤは、音也の言葉に絶句してしまう。
「シー……ズン?」
 トキヤの頭の中は混乱する。
 確かに微熱がここのところ続いていた。けれど、単なる風邪の引き始めだと思っていたのだ。それに、シーズンと言われても、相手なんかいない。
「馬鹿な事を言わないで下さい……」
 音也の言葉を否定するトキヤの声は、思いのほか力がなかった。
「ほら、この辺ムズムズしない?」
 上からのし掛かる音也の胸がトキヤの背中に触れる。トキヤはその体温が直接感じられる距離に、音也のにおいを濃く感じた。
 そして音也の掌がさすった腰に、ゾワリとした感覚が広がる。
「ヒッ……」
 初めて感じる慣れない感覚に、トキヤは戦いてしまう。
「トキヤって猫族だし、そのうち我慢出来なくなるよ」
 腰の奥からむず痒い感覚が広がり、四肢からは力が抜けていく。
「や……ッ。何、……これッ」
 尻の奥から疼きが起こり、肌に触れるシーツにさえ感じてしまう。その急な変化に、トキヤはどうすればよいか分からず、その表情にも恐怖が浮かぶ。
 トキヤはまだ相手を定めていなかった。そんな中に起こった自分の変化に戸惑ってしまう。持て余す躯の熱と疼きに、目尻に生理的な涙まで浮かんでくる。
「ねえ、トキヤ。俺にしときなよ」
 音也の言葉にトキヤは背後を振り返る。
 そこには雄の目をした狼族がいた。
「おと…や」
 トキヤにとって狼族のパートナーは願ってもない相手だった。けれど音也は、トキヤが思い描いていたパートナーとは一八〇度性格が違う。
「俺もシーズンに入ったみたいだし、トキヤを満足させてあげられるよ」
(音也もシーズン?)
 反芻したトキヤは、ここで自分がイエスと言わなければ、音也は誰を選ぶのだろうと思う。
 そうしたら、音也はその相手と一緒に過ごすのだ。
 自分ではない相手が音也の隣にいる。それを想像した途端、トキヤの胸が痛んだ。
 ここでトキヤが音也を選べば、少なくてもこのシーズンは音也はトキヤの隣にいる。そう、トキヤの脳裏で打算が働いた。
 それに猫族のシーズンは、相手がいないと辛いものになる。それをトキヤは知識として知っていた。
「わかり…ました」
 音也の枕に顔を埋めながら、トキヤは音也の要求に頷いた。
 その返事に、音也の顔に満面の笑みが広がった。
 
 
「はぁ……」
 制服を脱がされたトキヤは、音也のベッドに俯せになっていた。
 背中を音也のザラザラした舌が這い回る。下半身はまだ制服に包まれたまま、白い背中を音也に晒す。
 カチャカチャとした音で、音也がトキヤのベルトのバックルをはずしたことが分かる。
「脱がすよ」
 音也の声に、トキヤは答えられず、ただ枕を抱えて音也の行動に従順に従った。
 下着も合わせて取り除かれた下半身は、真っ白で音也を誘っていた。
「きれい……」
 その様子に音也は思わず感嘆の声を上げてしまう。
 美しいその躯の、刺激を待ち望むところを想像して喉を鳴らし、ゆっくりと両手で尻のあわいを割り開く。
 淡く色づいた入り口は、刺激を待ち望んでいた。
 注がれる視線に、トキヤはギュッと目を瞑る。
 シーズンを自覚した途端、躯の中に熱が籠もり、吐く息は熱く、腰の奥は疼いている。
 羞恥と期待にトキヤの胸は壊れそうなほど鼓動を刻んでいた。
「ン……」
 音也がトキヤの入り口に口づけた。その刺激にトキヤはくぐもった声を漏らしてしまう。
 音也はそっとトキヤの入り口に舌を差し込む。そこは、初めての経験に固く閉ざされていた。けれど、ゆっくりと舐めて解していくと、少し綻んでくる。
 そうして舌を中に入れてみる。
 その感触に、トキヤの躯はびくりと跳ねる。
「大丈夫。酷くしないから」
 音也は宥めるように丘陵を描く白い尻を両手で撫でて、さらに舌を入れてみる。中は、熱かった。
 猫族の雌は、シーズンになると尻の中が疼いてたまらなくなるらしい。だから、尻の中を刺激されると、泣いて喜ぶという話だった。
 トキヤは疼く尻の中に感じる、音也のザラザラとした舌の感触に震えを抑えていた。
 気持ち良すぎて、変な声が漏れ出そうで、枕も手放せない。
 無意識にもっとというように腰を上げて、音也の顔に尻を押しつけてしまう。
 トキヤは尻に感じた音也の肌の感触に、自分の行動を自覚して、はしたない自分に涙を浮べる。
「やぁ……」
 けれどトキヤの気持ちとは裏腹に、奥深くまで感じる音也の長い舌に、腰の奥から快感が広がっていく。
 無意識にトキヤはすすり泣いていた。
 音也はトキヤの反応を気にしながらも、夢にまで見たトキヤの白い尻を手放せない。
「はっはっっは……ッ」
 音也が舌を抜き差しすると、トキヤの息が上がり始める。一回も触れていない前はびちょびちょに濡れていた。
「あ、……ぁあッ!ま……待って!」
 トキヤは初めて背筋を駆け上る快感に戸惑って、音也に懇願する。
 けれど、トキヤの状態を正確に把握している音也は止めず、そのまま舌の動きを速くした。
「やッ……なに……なにこれ……あ、あ……」
 抱きしめた枕から顔を離して、逃げようとしたトキヤを、音也が逃がすはずがない。しっかりと腰を掴んで、トキヤを追い詰める。
「や……やッやぁぁぁあああ!」
 初めて感じる絶頂の快感にトキヤは悲鳴を上げていた。
 トキヤの前はびしょびしょに濡れて、躯からは力が抜けてしまう。
 起き上がった音也は、そんなトキヤを抱きしめる。
「気持ち良かった?」
 音也の質問に、トキヤは硬直する。生真面目なトキヤにそんな質問、答えられるはずなかった。
 トキヤは握り締めたままの枕に顔を埋めて、音也の質問から逃げた。
 そのトキヤの様子に、音也は今日はこれ以上無理そうだと判断する。
「俺はシャワー浴びてくるから、それまでに服を着ていて」
 そう言って、トキヤの米神にキスをして起ち上がる。
 その音也の行動に、トキヤは驚いてしまう。トキヤは慌てて音也の引き留めようとした。けれどこんな時だけ素早い音也はバスルームに消えていた。
「え……?」
 トキヤは呆然と音也のベッドに座り込んだ。
 トキヤは覚悟などなかったけれど、このまま音也と躯を繋げるのだと思っていた。そうしてこのシーズンを二人で過ごすのだと思たのだ。
 それが、トキヤだけが一方的に気持ち良くなって終わってしまった。
「なぜ……」
 トキヤには音也の行動が理解出来なかった。
 呆然としているうちに、音也はバスルームから出てきてしまう。
「服を着ないと風邪を引くよ」
 苦く笑った音也は服を身につけ、トキヤのクローゼットから服を取り出してやる。そうして、トキヤに背を向けて部屋の外へ出ようとした。
「どこに……?」
 それをトキヤの声が引き留めた。
「何か食べるものを買ってくるよ」
 そう言う音也に、それが嘘だとトキヤは悟る。冷蔵庫にもストックにも、食料はまだあった。
 心臓の音が、先ほどとは違う意味で鼓動を早め出す。掌には、嫌な汗を掻いている。
「よく、……なかったですか?」
 トキヤは音也が自分では満足出来なかったのだと思った。
 音也は狼族だ。それだけで相手は選び放題で、トキヤ何かを選ばなくてもいいのだ。
 トキヤの胸は引き絞られる。
(きっと他の相手を探すのでしょう……)
 ギュッとシーツを握り締め、トキヤは俯いてしまう。
 他の相手を愛する音也を想像して、トキヤの胸はますます痛みを訴えてくる。昂ぶった感情は、目から涙を溢れさせ、ポタポタとシーツに水跡を作っていく。
(馬鹿みたいだ……。私なんかが音也を好きになるなんて)
 音也に他の相手を選んで欲しくない。そう思ったトキヤはやっと音也への想いを自覚した。けれど、それと同時に音也の相手に自分はなれないのだと思ったトキヤは、悲しみの涙を流す。
 トキヤの突然の涙に音也は驚いてしまう。
 音也はトキヤの躯を触っているうちに、このまま最後までしたくなくなってしまった。誰かに奪われるなんて耐えられない。けれど、無理矢理騙すように奪って、もしトキヤが後悔したら。そう思ったら、続きを出来なかった。
 だから、トキヤの涙の意味が理解出来ない。
「どうしたんだよ、トキヤ?」
 音也は慌ててトキヤの所まで駆け戻って、顔を覗き込む。本当は抱きしめたかったけれど、そうしたら我慢出来ずに襲いそうで、それ以上は近づけなかった。
「他の、ひとの所へ行くのでしょう?」
 トキヤの喉からは上手く声が出ない。
 震える声で、音也に告げる。
「私なんか、やっぱり……」
 トキヤは自分なんかが狼族の音也に相応しいと思えなかった。だから、ちゃんとしたパートナーになれなくてもいい。この学園にいる間だけでも、仮初めの関係でもいいと思った。
 ギュッと目を瞑り、音也の服の裾を握る。
「何でもしますから、行かないで……ください」
 この学園にいる間だけでも、音也の隣にいたい。その座を他のひとに渡したくない。そんな思いでトキヤは音也に縋った。どうせ、異なるヒエラルヒーに属する音也とは、学園を卒業して別れてしまえば会うこともない。だから、せめて近くにいる間だけでもと。
「……ッ!」
 トキヤの心中を知らない音也は、誘うような発言をしたトキヤに飛びついていた。
「もうッ!トキヤが悪いんだよッ」
 音也の細い理性の糸は完全に切れてしまった。
「トキヤ、好き!大好き!!だから許してねッ」
 音也はトキヤの唇に噛み付くようなキスをした。
 突然の音也の行動についていけないトキヤは、目を白黒させる。
「ッん!」
 音也の舌の侵入さえ許してしまい、何も出来なかった。
 トキヤは目を見開いたまま音也に貪り尽くされる。
「ちゃんと責任取るから!」
 トキヤが呆然としている間に、音也はトキヤを俯せにして、腰を持ち上げてしまう。
 
(後略)

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