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Ten years/Cross-purposes

◇ ◇ ◇
 
 観客の歓声が聞こえてくる中、一ノ瀬トキヤは出番を待っていた。ST☆RISH結成十周年に組まれたライブツアー最終日。東京に戻ってきて、ドームがST☆RISH一色に染まっている。
 盛大に使われている火薬の煙で、ステージ上はうっすらと曇っている。そのため下手側の袖から、反対側の袖にいるはずの一十木音也の姿は辛うじて見える程度だった。二十代半ばになっても落ち着きのない様子は、シルエットだけでそれが音也だとトキヤには知らしめる。
 早乙女学園の卒業を待たずしてデビューしたST☆RISHは、事務所の後押しもあり、瞬く間に人気アイドルの仲間入りをした。そうして、十年。六人の個性的なメンバーは、それぞれの得意分野を生かして、多方面に活躍の場を広げ、今やどのチャンネルを回しても、ST☆RISHのメンバーを見ない日はないと言われるようになっていた。
 元同室ということで、トキヤと音也はグループ内でよくユニットを組んでいた。そんな二人は、デビュー当時の身長差が逆転し、音也は少年から大人の男へと変貌を遂げ、一方トキヤは、デビュー当時の体型を維持して、艶やかな大人の色気を纏い、レンとは違う方向でファンに振りまいていた。
 そんな彼らの十周年を一緒に祝うために、ドームが満席になっている。
 ステージ上から見える景色に、始終興奮しっぱなしのST☆RISHだった。普段沈着冷静の札を首に掛けて歩いているようなトキヤですら、今日ばかりは頬が上気し、自然と笑顔が零れてしまうほどテンションが上がっている。
「そろそろ出番でーす!」
 最近発売したアルバムに収録している歌で、デビュー前に同室ごとで歌った曲を、それぞれが歌っていく。那月と翔が歌った後、レンと真斗が歌い、そろそろ終わる頃だった。
 いよいよトキヤと音也の番だ。
「ROULETTE!」
 ステージを駆けながら音也と叫んで、イントロが流れる。トキヤも音也も全力疾走でステージを盛り上げる。明日は全員がオフで、後のことなど考えていない。それくらい、ステージを満喫していた。
 
 
(中略)
 
 
 トキヤが自身と音也の関係を言葉にして表すなら、同じグループのメンバーでライバル。それに尽きる。
 何の因果か、同室だった早乙女学園時代に体の関係を持ってしまい、十年。ずるずるとお互いに続けてしまったが、そこに甘やかなものはないとトキヤは思っている。
 二人の関係は、音也から自慰の延長での相互自慰をしかけられ、トキヤがまあいいかと流されてしまったのが始まりだった。そうして行為はあっと言う間にエスカレートし、いつの間にかトキヤが音也を受け入れるようになっていた。多分、この関係に名前をつけるなら、「セックスフレンド」が一番しっくりくるような気がする。
 トキヤだって健全な男性で、年端もいかない頃から特殊な世界で過ごし、そう言ったことへの心理的ハードルは、一般男子高校生よりかなり低かった。そして、禁止されている恋愛。いろんな要素が絡み合って関係が出来上がってしまい、早乙女学園を卒業しても、アイドルであれば恋愛は御法度で。相手が音也であれば仲のよいグループで片付けられ勘ぐられることもない。その便利さに、十年も二人の関係は続いてしまった。
 十年も続けば情も湧く。二十歳を前に一気に身長が伸び、相応の体格に育った音也。それまでの「少年」のイメージから「大人の男」への成長を目の当たりにし、トキヤは持ってはならない感情を育ててしまった。
 それからさらに年月は経ち、二人は今でも身体の関係を続けている。けれど、そろそろトキヤの心は悲鳴を上げ始めいていた。二十代も後半に入り、世間一般では家庭を持つ者も多くなる年代。
 いつまでもこんな関係が続くはずがない。続けていいはずもない。こんな不毛な関係は、そろそろ終止符を打たなければ。トキヤは、最近そのように思っていた。
 
 
◇ ◇ ◇
 
「ト〜キ〜ヤー!!」
 打ち上げで飲まされた酒がいい具合に回り、お互いに酔っぱらいつつ、メンバー全員で、事務所が用意した寮に戻ってきた。
 そうして隣の部屋のはずの音也は、いつものように当たり前の顔をしてトキヤの部屋に上がり込む。
 陽気な声を上げて、玄関を入ったところで音也がトキヤに抱きついて来た。
「酒臭いですよ。音也」
 そう言うトキヤの吐く息も、アルコールが過分に含まれている。
「気にしない。気にしない」
 そう言って音也は、トキヤを引き摺って勝手知ったる他人の家。寝室を目指す。いい加減長い付き合いの音也の行動に、抵抗が無駄だと悟っているトキヤは、そのまま音也に引き摺られて一緒に寝室に入った。
「しよ?」
 そう言って小首を傾げる音也の姿は、学園時代から変わらない。図体は大きくなっても、その姿が似合ってしまうのが一十木音也だった。
「……シャワーが先です」
 それに絆されて流されてきたトキヤは、十年も経った今、無駄な抵抗を諦めていた。
 さっさと自分の要求を突きつけて、バスルームへ向かう。
「オッケー!」
 その姿を見送った音也は、自分はバサバサと服を脱いでいく。アルコールで体が熱いのと、時間短縮のためだった。
 
 
 音也はトキヤの身体を舐めたり甘噛みしたりするのが大好きだ。けれど、汗を掻いた状態でそれをされるのを、トキヤは心底嫌がる。音也が汗臭いのは平気なくせに、変なところでこだわるトキヤだ。しかし、シャワーで汗さえ流せば、その後は音也の我が儘を許してくれる。だから音也は、大人しくトキヤを見送る。十年もの付き合いで、音也も学んでいるのだ。
――ガー
 かすかに聞こえるドライヤーの音に、トキヤが戻ってくる時間が近いことを知った音也は、サイドデスクの引き出しを開け、必要な物が揃っていることを確認する。ツアーに出ていたため、お互いまともにこの部屋に帰ってくるのは数ヶ月ぶりだった。
 けれど、几帳面なトキヤらしく、残り少ないローションは新しい物が用意され、コンドームも補充されていた。
「お待たせしました」
 トキヤの声に音也は振り返る。
 そこには匂い立つような色気を振りまくトキヤが立っていた。アルコールとシャワーで温まった身体は上気し、アルコールの作用か目元は僅かに潤んでいる。
 音也はその様子に、自身が脈打つのを感じた。
 ライブの興奮は、まだお互いの身体に燻っている。
 音也は性急にトキヤをベッドに引き倒し、覆い被さる。そうして僅かに開かれた唇に、噛み付くようなキスを仕掛けた。
「ん」
 トキヤから鼻に掛かった声が零れる。
 我慢の効かない音也は、トキヤの身体に手を這わせ、下肢を確認する。トキヤのそれも兆しを見せ、勃起していた。それを確認して、いつも音也を受け入れるところを暴いてしまう。
「あ……ん」
 性急な音也の求めに、トキヤも協力する。脚を僅かに広げ、音也の指を受け入れる。
 満足な愛撫もなく音也の指を受け入れたトキヤのアナルは、しかし弛んでいた。音也はやはりと思う。いつの頃からか、トキヤはセックスの前に中を洗浄し、慣らして来るようになっていた。初めの頃は音也もそれを寂しく思っていたけれど、今日のように我慢の効かない日は、かえって都合が良かった。ローションを足して、充分な潤いを確認したら、トキヤの両脚を抱え上げる。
「行くよ」
 音也はトキヤのアナルに、自身のペニスを突き立てた。
 
 
 幾度も繰り返した行為に、トキヤもどうすればいいか分かっている。
 音也に呼吸を合わせて、音也のペニスを受け入れる。
 亀頭を受け入れるときは、さすがに苦しさをともなうけれど、何回も繰り返した行為に、そこさえ通過してしまえば、案外簡単に受け入れられてしまう。
「はぁ…あ」
 どちらからともなく、吐息が零れた。
 音也のペニスが出たり入ったり。内壁の気持ち良いところを掠めていく。
 それに物足りなさを感じたトキヤは、音也のペニスの尖端が、いいところに当たるよう協力する。そうして二人一緒に快感に耽溺していく。
「好きだよ、トキヤ」
 音也が耳元で囁いている。それは、日常でも聞く言葉だった。それが恋情を含んだものであれば、トキヤも喜んだだろう。けれど、そうではない。
 トキヤは、絶頂の瞬間に毎回囁かれる言葉に、心のどこかがツキッと痛むのを見ない振りをして、自身も欲望を吐き出した。
 お互いに久し振りだったことと、ライブの後の興奮で、あっけない終わりだった。けれど若い音也の性欲がそれで治まるはずがない。
「もう一回」
「やぁ……」
 音也がそのまま二回戦を挑んでくる。
 射精の快感に捕らわれたままのトキヤは、さらなる刺激に腰が引けてしまった。しかし音也が逃がしてくれるはずもなく、トキヤの腰は、音也の大きな手に掴まれて、二回目が始まってしまう。
「もっ…と、ゆ……くり…ねが」
 絶頂の快感に捕らわれていたトキヤは、落ち着かないままの二回戦に、音也に懇願する。
 トキヤの切れ切れの懇願を聞き届けてくれたのだろう。音也はの動きは、先ほどの激しさが形を潜め、ゆっくりとしたストロークに切り替わった。
「は……ぁ」
 何年も続く関係に、トキヤの身体はいつの間にか受け身の快感を覚えてしまっていた。
 前立腺への直接的な刺激だけでなく、内壁を擦られる感覚自体が、快感をもたらす。緩やかに送られる刺激は、心地よい快楽を連れてくる。
 トキヤは快感に熱い息を吐き出し、音也の首に腕を回した。
 そうして、ギュッとしがみつき、水の中をたゆたうような快感に浸る。
 ライブの興奮と連日の緊張状態から、トキヤの心と身体が解放されていく。
 
 
 音也はトキヤの表情が、興奮からリラックスして、柔らかく溶けていく様子を黙って見つめていた。一歩部屋の外に出れば、アイドル一ノ瀬トキヤを意識して、気を張っているトキヤが、音也の腕の中でだけ、単なる一ノ瀬トキヤになるときが、堪らなく好きだった。
 音也が自分だけがトキヤの特別だと感じられる瞬間だ。
 だから、柔らかく絡みついてくるトキヤの内壁に、めちゃくちゃに犯してしまいたくてもグッと我慢して、トキヤが気持ちよくなれるよう、ゆっくりと腰を動かす。
 前立腺の強い刺激も、確かにトキヤに快感を与えるのだろう。けれど、こうやってゆっくりとトキヤの中を擦るときの方が、いつもトキヤはいい表情をしている。だから音也も、トキヤが本当はこういった愛撫の方が好きなのだと理解している。
 そうして音也がトキヤを観察していると、今日はまだ一度も可愛がっていなかった胸の尖りが視界に入った。愛撫を施されていないそこはしかし、僅かに起ち上がり、甘い匂いで誘う果実のように色づいていた。
 音也はそれに誘われ、左側に色づく尖りを、柔らかく唇で刺激してみる。
「んッ」
 それに、トキヤは鼻に掛かった声を漏らす。
 音也は続けてちゅうっと吸い付き、つんと尖った先を舌で押しつぶす。
「は……ぁ」
 その刺激に、トキヤは熱い吐息を漏らしてシーツに後頭部を擦りつけている。
 トキヤの反応に、音也は反対側の尖りも柔らかく指で押しつぶした。
 シーツの上を艶めかしくうねるトキヤの身体は、とても綺麗だ。最低限の脂肪と、必要な筋肉が付いた身体は、中年太りとは無縁で。まるで芸術作品のようだ。
 何度か誤って散らしてしまったキスマークも、トキヤの白い肌にはとても映えた。
 また付けてみたいと思いながら、音也はグッと我慢する。そんなことをしたら、向こう何週間お預けをされかねない。
 柔らかく包み込んでくれるトキヤの内壁を、音也はゆったりと味わった。
 
 
 激しい動きも嫌いではないけれど、トキヤはゆっくりとした動きの方が好きだった。激しい動きは、ただ性欲を満たすだけの行為を浮き彫りにする。ゆっくりとした動きは、この行為に性欲以外のものが介在しているのではと錯覚させてくれる。
 単なる虚しい錯覚でも、一時だけ幸せに浸れる。
 そうは言っても、受け身の快感を覚えた身体は、一度火が付いてしまえば長く我慢が効かない。
「や……ぁ」
 トキヤは無意識に自分の性器を、音也の腹に擦りつけていた。そこはまだ一度も音也に直接的な愛撫を施されていないはずなのに、雫を零して勃起している。十年続く関係は、トキヤの身体を作り替えてしまった。
 犯される快感で勃起し、体調によっては触られずとも射精してしまうこともある。
 単なるセックスフレンドとの関係で、トキヤは後戻り出来ない所に立ってしまっていた。本音で言えば、責任を取れと音也に詰め寄ってしまいたいくらいだ。そうすれば、音也が確実に手に入ると確信できたら、トキヤもそういう行動を取っていただろう。けれど、どう考えても音也はヘテロで、気軽にセックスをしていたはずの相手からそんなことを言われても、困惑してしまうのが分かっていた。困惑で終わればいい。それが原因でプライベートで疎遠になってしまえば、目も当てられない。だから、トキヤは現在の関係に甘んじて、音也を受け入れる。
「可愛いよ」
 今日も音也のリップサービスが聞こえてくる。大体、一八〇センチメートル近くある男が可愛いはずがない。
 セックスのときに囁かれる音也の言葉を、トキヤは本気にはしていなかった。「好き」「大好き」という言葉も、「トキヤの料理が好き」と同列だと考えている。
 トキヤは音也から「恋人」だと言われたことも、デートなどのそれらしい行動をしたこともない。だから自分たちの関係は、始まった当初から今まで、徹頭徹尾、単なる性欲解消の手段の一つだと思っていた。
 単なる性欲の解消のためだけにトキヤが払った代償は、あまりにも大きいけれど。
「もう、イかせて……」
 トキヤは音也の頭を抱え込んで、その耳元で懇願した。
 射精の快感だけでは満たされない身体を、トキヤ自身が誰より一番分かっている。だから音也に縋る。受け身の快感を与えて欲しいと。
「了解」
 夢中でトキヤの胸の尖りを刺激していた音也は、トキヤの願いに頷いて、白く艶めかしいその腰を両手で捕まえた。
「あッ!……ああ」
 急に荒々しくなった動きに、トキヤは顎を仰け反らせた。
「あ……ああ!」
 叩き付けられるような激しい律動に、トキヤは嬌声を上げてしまう。擦られ満たされる内壁が、気持ち良くて仕方ない。だらしなく開いた口から零れる涎を気にする余裕もなく、全身を上気させ音也の激しさを受け止めた。
「いくよッ」
「ひぃ――――ッ!!」
 音也がトキヤの前立腺を狙い澄まして、腰を打ち込んだ。その刺激に、トキヤは目を見開きながら限界を向かえる。ピクピクと震えながら、自分の腹に白濁をぶちまけていた。
 
 
 音也も射精の反動で締まったトキヤの内壁の気持ちよさに、自身の白濁をトキヤの奥で吐き出した。
 ライブの疲れも溜まっていたのだろう。トキヤは射精を向かえると、気絶するように眠りに落ちてしう。
 それに気が付いた音也は、ゆっくりと自分の性器をトキヤの中から抜き出した。
 盛り上がり、僅かに口を開けたアナルは、音也にとって目の毒だ。そんなのをまじまじとみて、盛らないわけがない。だから、ことさらそこには視線を向けずに、散らばったトキヤの白濁をタオルで拭ってやる。
 今日はライブの後で、音也も疲れていた。射精の後のだるさで、このまま寝てしまいたいくらいだった。それを気力で押さえつけ、シャワーで簡単に汗を流す。そこが限界だった。
 布団の中。トキヤをその両腕の中に囲い込んで、音也もあっと言う間に眠りの世界に落ちていった。
 
 
◇ ◇ ◇
 
 
 トキヤは主演するドラマの空き時間に、楽屋で台本を読んでいた。けれど、集中出来ずに、側に置かれた雑誌へ視線をやる。
 そこには「一十木音也。深夜の密会!?」というタイトルが表紙に載ったゴシップ紙が置いてある。浮いた話のないST☆RISHにとって珍しい記事で、それは大々的に報じられていた。
 この雑誌を置いていったマネージャー曰く、あまりにもゴシップがなさすぎるため、明らかにガセだと分かっているネタをあえてスルーして掲載を許したらしい。
 偶にエサをまかなければ、火のないところから大火事にされかねない。そのための人身御供が、今回は音也だったらしい。
 確かにST☆RISHはゴシップがない。レン辺りは上手くやっているのかも知れないが、メンバー間で恋愛の話をすることも、女性の話をすることもなかったから、実際にそういうメンバーがいるのかも、トキヤは知らなかった。そしてトキヤ自身、メンバーの恋愛に興味がなかった。トキヤにとって「歌が歌える」その一点だけが重要だった。
 けれど、自分の恋愛は別だ。音也との関係をあらためて考えてしまう。
 潮時なのかもしれない。
 音也と身体の関係を持って、約十年。お互いに真剣に未来を考える年齢になっていた。
 アイドルを職業にしている以上、「結婚」の二文字は現実味がなかったけれど、そろそろ男同士の不毛な関係には、見切りをつける必要があるのかも知れない。
 そう考えて、トキヤは自嘲する。きっと自分は女性と付き合うことなど、出来ないだろう。音也に慣らされた身体で、女性を抱けるとは思えなかった。そうして、十年近くもともに過ごした初恋を忘れられるほど、トキヤは器用ではない。自分はこのまま一生を一人で生きるのだと思う。
 けれど、音也は別だとトキヤは思う。
 生い立ちを考えてみても、音也は家庭の似合う女性と、あたたかい家族を作るべきだ。いつまでも、感情のともなわない不毛な関係を続ける必要など、そろそろないはずだ。
 昨今では結婚するアイドルもいる。十年経ち、まだまだ地盤が安定したとは言えないけれど、ST☆RISHがその程度で揺らぐほど、貧弱な地位ではなくなった。
 やはりそろそろ潮時だった。
 トキヤは現実に嘆息した。
「一ノ瀬。居るのか?」
「はい、どうぞ」
 そんな中、ノックの音とともに真斗の声が聞こえ、トキヤは反射的に応えていた。
「お前がこちらに居ると聞いてな。挨拶に来た」
 ツアーが終わり、個人の仕事が多くなり、メンバーに会うのは久しぶりだった。真斗とも、冠番組の収録以来だ。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな」
 トキヤの向かいへ座ろうとした真斗の視界にも、例の雑誌が入る。
「気にするな」
 真斗はトキヤを気遣うように言った。
「え?」
 その言葉を理解出来なかったのはトキヤだ。なぜ、真斗にそう言われるのか。そんなに気にしているように見えたのだろうか。
 トキヤはそう疑問を覚えた。
「バラエティーの打ち上げで撮られた物だと聞いた。撮られるのは迂闊だが、そこに恋情があるとも思えん」
 それは真斗なりのフォローのつもりだった。
「ええ」
 けれど、トキヤは真斗の意図が分からないまま頷く。
「まあ、音也もアイドルの自覚はあるでしょうから、本命が相手であれば、上手くやるでしょう」
「?」
 トキヤの言葉に、今度は真斗が疑問を浮かべる。トキヤの言葉はまるで、音也の本命がトキヤ以外にいるような表現だった。
「一十木の恋人は一ノ瀬、お前だろう?」
「は!?」
 その言葉に、トキヤは絶句してしまう。トキヤが思う音也との関係は、「ライバル」「仲間」、よくて「友人」だ。「恋人」なんて言葉は、ありえなかった。
「違うのか?」
 そうだと信じて疑っていなかった真斗は、トキヤの反応に首を傾げてしまう。
「音也とは単なる仲間です」
 トキヤは真斗がなぜそう思ったのか、理解出来なかった。
「一ノ瀬は単なる仲間と四六時中一緒にいて、食事を世話したり、同じベッドで寝たりするのか?」
 真斗だけでなく、実は他のメンバーもそう思っていた。二人は、移動中に肩を寄せ合って眠っていることもある。ロケでホテルに泊まれば、一緒のベッドに眠っていることもしばしばだった。
「……!」
 音也との普段の生活をそう評されて、トキヤは息を詰めてしまう。確かに言われてみればそうだ。けれどそこに、甘やかなものなど一切ない。トキヤはそのつもりだった。
 音也にもそんなつもりはないはずだ。
「音也が勝手にひっついてくるんです。それに食事は、体が資本の仕事のくせに、食事の管理が甘いから仕方なく……。っ!」
「聖川、ここに居たのか」
 突然の声に、トキヤと真斗は驚いた。
 ドアを開け、キザな仕草でレンが立っていた。
「神宮司」
「レン」
 二人の声に、レンは口を開く。
「先に着いているはずのお前が居なくて探した」
「ああ、すまない。すまない、一ノ瀬。これで失礼する」
 昔は顔を合わせれば争っていた二人だったが、十年の間に少し落ち着いた。だから真斗も素直に立ち上がる。
「いえ、気にしないでください」
 私事より仕事を優先するのは当然だった。
「イッチー」
 二人で出て行くのだろうと思って真斗を目で追っていたトキヤは、声を掛けてきたレンに視線を向ける。
「そろそろイッキとちゃんと向き合ってあげなよ」
 トキヤはレンの言葉の意味が理解出来なかった。
 
 
(後略))

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